【"AIを使いこなせていない"会社の共通点】〜脅威リストに載った本当の理由〜
2026年版のIPAセキュリティ10大脅威に、生成AIに関するリスクが初めて名を連ねた。「AIが危ない」という見出しが踊り、一部の経営者は「だからAIは怖いものだ」と解釈し、また別の経営者は「うちはまだ使っていないから関係ない」と読み流す。どちらも、本質を見誤っている。
脅威リストに登場したのは、AIという技術が欠陥品だからではない。ルールなし・理解なしで使い始めた組織が急増したからだ。調査では従業員の4割超がIT部門に報告せずに生成AIを使っており、AIに関するポリシーを整備している企業は日本で2割以下にとどまるという実態がある。問題は技術の側ではなく、使う側の構造にある。
本稿では、なぜ「準備なきAI活用」がセキュリティリスクになるのかを整理し、経営者が今すべき判断を明確にする。
AIが脅威リストに載った「本当の理由」

「AIが危ない」ではなく「使い方が危ない」
脅威リストへの登場を「AI=危険なもの」と受け取るのは、包丁が刃物事件に使われたからといって「包丁は危険だから禁止すべき」と論じるのと同じ構造だ。問われているのは道具の性質ではなく、道具を扱う側の体制である。
生成AIが新しいリスクをもたらしているのは事実だ。だがその中身を見れば、「AIが自律的に悪さをする」のではなく、「人間が判断を誤った結果、情報が漏れる・誤った情報を信じる・管理されない状態で使われる」という構造が問題の核心にある。
シャドーAIという"見えないリスク"
従業員が会社のルールや承認なしに生成AIを業務で使う行為は、「シャドーAI」と呼ばれる。かつての「シャドーIT」と同じ構図だ。報告もなく、記録も残らず、どんな情報を入力したかも把握されないまま、業務データが外部のAIサービスに送られていく。
この問題が深刻なのは、悪意がないことだ。従業員は「便利だから使った」だけである。しかしその一回の入力が、顧客情報・取引先情報・社内の未公開情報をAIサービスの学習データとして送出する可能性がある。経営者が「うちでは使っていない」と思っている間に、現場ではすでに日常的に使われている──そういう企業が少なくない。
ポリシーなき活用が「脅威」を招く構造
AIに関するポリシーを整備している企業が日本で2割以下という数字は、裏を返せば、8割の企業がルールなしで使わせているということだ。何を入力してよいか、誰が使ってよいか、出力をどう扱うか──この3点が決まっていなければ、どれだけ優秀なAIツールを使っても、リスクをコントロールする手段がない。
脅威リストへの登場は、こうした「準備なき活用」の急拡大に対する警告として読むべきである。
「便利だから使う」という判断の危うさ

システム1が先走るAI導入
カーネマンの論じる「システム1」(速い直感)と「システム2」(遅い熟考)の枠組みで言えば、「AIは便利そうだから使ってみよう」という判断は典型的なシステム1の反応だ。新しいツールへの期待感、周囲が使っているという社会的証明、「乗り遅れてはいけない」という焦り──こうした心理的トリガーが、熟考なしの導入を後押しする。
問題は、システム2による問いかけが抜け落ちることだ。「自社で何を入力してよいか」「誰の承認のもとで使うか」「出力の誤りをどう検証するか」──これらは一つひとつ地味な問いだが、答えが出ていなければ、利便性と引き換えにリスクを抱え込む。
「使っている」と「使いこなせている」の決定的な違い
ツールを起動して文章を生成できれば「使っている」とは言える。しかし「使いこなせている」とは、自社の目的に合わせてリスクを制御しながら継続的に運用できている状態を指す。この二つを混同している経営者は多い。
「社員が使い始めた」「会議の議事録に使っている」という事実だけで「AIの活用が進んでいる」と評価してしまう。だが、そこにポリシーがなく、誰も管理していないのであれば、使いこなせているのではなく、使いっぱなしになっているだけだ。
「禁止」でも「野放し」でもない選択肢
リスクを知った経営者がとりがちな反応は二つある。「全面禁止」か、「見て見ぬふり」だ。どちらも適切ではない。禁止すれば現場はシャドーAIに逃げ、野放しにすればリスクは膨らみ続ける。
求められるのは制御可能な運用設計だ。使ってよいツール、入力してよい情報の範囲、利用記録の残し方──これを定めることが、AIを「脅威」ではなく「道具」として扱うための前提になる。
「使いこなせていない会社」の共通パターン

ルールがない。だから現場が「勝手に判断」する
使いこなせていない会社に共通するのは、ルールの不在だ。経営者がAI活用の方針を示していないため、現場の判断が「なんとなく便利だから使う」に委ねられる。個人の判断レベルでは合理的な行動でも、組織全体で見るとリスクの集積になる。
これは精神論や従業員のモラルの問題ではない。判断基準を与えられていない人間は、目の前の利便性に従う──これは行動経済学が繰り返し示す人間の自然な傾向だ。経営者がルールを定めていないことが、現場の「勝手な判断」を生んでいる。
理解がない。だから「何が問題か」すら分からない
もう一つの共通点は、理解の欠如だ。経営者が生成AIの仕組みを知らないまま「便利そうだから使ってよい」と言い、従業員も「よく分からないが使っている」という状態が続く。この状態では、何かが起きたとしても、どこで問題が生じたかを事後的に追うことすらできない。
理解がなければ、リスクの評価もできない。評価できなければ、対策の優先度もつけられない。結果として、問題が可視化されるのは「事故が起きた後」になる。
前提がない。だから「ツール導入=活用」になる
「AI活用を始めた」という話を聞いて詳しく確認すると、「ChatGPTのアカウントを作って社員に配った」というケースは珍しくない。ツールを導入することと、活用できる前提を整えることは別の話だ。
業務のどの部分にAIを使うのか、その業務がどう設計されているのか、出力の正確性をどう担保するのか──これらが整っていなければ、ツールだけが走り出して組織がついていけない状態になる。「ツール導入より前提整備が先」という原則は、AI活用においても変わらない。
経営者が問うべき「本当の問い」

「使うか、使わないか」は問いではない
多くの経営者がAIについて問っているのは「導入すべきか否か」だ。しかしこの問い自体が、判断の焦点をずらしている。AIを使うかどうかを議論している間に、現場ではすでに使われているかもしれない。問うべきは「今の自社の状態で、AIを安全に使える前提が整っているか」だ。
前提が整っていなければ、導入は混乱を招く。前提が整っていれば、段階的に活用範囲を広げられる。議論の出発点はここに置くべきである。
「整っているか」を確かめる三つの問い
経営者が自社の状態を確かめるための問いは、シンプルに三つに絞れる。
第一に「何を入力してよいか、ルールがあるか」。 顧客情報・取引先情報・社内の未公開情報のどれを入力してよいか、明文化されているか。
第二に「誰が使ってよいか、把握しているか」。 業務でAIを使っている従業員の数と用途を、経営者は把握しているか。
第三に「出力をどう扱うか、基準があるか」。 AIの出力をそのまま使うのか、確認プロセスを経るのか、判断基準が存在するか。
この三つに答えられない経営者は、前提のないままAIを使わせていると見るべきだ。
セキュリティは「技術で守る」より「構造で守る」
脅威リストへの対応として、特定のセキュリティツールを追加することで安心しようとする経営者もいる。だが、今回の問題の本質は技術的な脆弱性ではなく、運用の構造にある。ツールを足すより先に、使う構造を設計し直すことが優先される。
『情報セキュリティの敗北史』でも論じられているように、技術だけで人間の行動を制御しようとする試みは歴史的に成功してこなかった。人間の行動を想定した設計こそが、実効性ある対策の前提になる。
結論 — 経営者が取るべき次の一歩
生成AIが10大脅威に初登場した背景には、技術の欠陥ではなく「ルールなし・理解なしで使い始めた組織の急増」という構造的な問題がある。シャドーAIはすでに現場に広がっており、ポリシー未整備のまま放置すれば、リスクは時間とともに膨らむ一方だ。
経営者は「AIを使うか使わないか」の問いをいったん脇に置き、「今の自社はAIを安全に使える前提が整っているか」を先に問うべきである。
第一歩は、「社内で誰が・何の目的で・どのAIツールを使っているか」の実態を把握することだ。そこから始めなければ、ルール設計も対策も、的を外したままになる。

