【なぜ“セキュリティは後回し”になるのか?】〜行動経済学が教える人間の意思決定のクセ〜

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中小企業の経営者にとって、セキュリティ対策の重要性は理解しているはずだ。情報漏洩やサイバー攻撃が経営リスクになる時代、何もしないことが致命傷になる可能性もある。しかし現実は「やらなきゃとは思っているんだけどね…」という“後回し”が続く。この構図には明確な理由がある。それは「知識不足」ではなく、「人間の脳の特性」だ。行動経済学の視点から、人がなぜセキュリティ対策を後回しにしてしまうのかを解き明かすことで、「やるべきことができない」本質的な原因と対処のヒントを提示する。

セキュリティ対策が後回しになるのは、理屈での理解と実際の行動にギャップがあるからだ。これは経営者が怠けているのではなく、人間の意思決定の“仕組み”に根ざした自然な反応である。

セキュリティは“未来のリスク”で見えにくい

人間は目の前のことには反応しやすいが、先の見えない未来には鈍感である。セキュリティのリスクとは「いつ来るか分からない災害」のようなもので、日々の売上や顧客対応と比べると、どうしても優先度が低くなってしまう。たとえるなら、「火災報知器を買うより先に今月の家賃を払いたい」という心理に近い。特に中小企業では、日々の資金繰りや納期対応が最優先となり、“未来のかもしれない損失”に対してリソースを割く余裕がないのが実情だ。

人間は合理的ではない(行動経済学の前提)

伝統的な経済学では「人は合理的に判断する」とされてきたが、行動経済学はその前提を覆した。「やるべき」と「やる」が一致しないのが人間なのだ。これは意思決定に感情や直感、過去の経験、そして社会的な影響が大きく関与するからである。セキュリティ対策も同様で、「本当はやるべき」と理解しつつも、「面倒だし今じゃなくても…」という感情が判断を曇らせてしまう。


人間は“今この瞬間の得”を強く優先する。これが「双曲割引」と呼ばれる心理現象で、将来の損失は極端に軽視される傾向にある。

今日の不便を避ける心理

例えば、「ウイルス対策ソフトを更新するには再起動が必要」と言われると、「じゃあ今はやめておこう」と思ってしまう。再起動の数分が“今すぐの不便”であり、それを回避したくなる。これは経営の場でも同じで、「セキュリティ対策を進めると一時的に業務が止まる」ような印象があると、それだけで手を出すのが後回しになってしまう。脳は「少しの不快」すら回避しようとするのだ。

“今すぐ困ること”の方が優先される

日常の業務では、顧客からのクレーム、売上の未達、従業員トラブルなど“今すぐ困ること”が常に優先される。その結果、「セキュリティはやりたいけど、今はちょっと…」となる。これは決して怠慢ではなく、人間の脳が「目の前の問題に集中する」ようにできているからだ。


人間の脳には、自分を守るための“バイアス”が存在するが、これがセキュリティの「やらなきゃいけない」を妨げることがある。

正常性バイアス

「うちは大丈夫」「自分たちに限ってそんなことは起きない」という心理がこれに当たる。実際に中小企業でサイバー攻撃の被害に遭った企業の多くも、「まさか自分たちが」と口を揃える。このバイアスがある限り、どれだけ具体的なリスクを示しても、どこか他人事になってしまう。

楽観バイアス

「まぁ、なんとかなるでしょ」「被害が出ても対応できるはず」というのが楽観バイアスだ。中小企業では特に「今までも大丈夫だったから今回も大丈夫だろう」と過去の成功体験が足かせになる。だが、セキュリティの脅威は日々進化している。昨日まで通用した対策が、明日には通じなくなるのが現実である。


セキュリティツールを導入すると、それだけで「対策した気」になってしまう。だが実際には、その運用こそが最も重要だ。

判断を外部に預けたくなる(代理コスト)

行動経済学では「判断の負荷」を外部に委ねたくなる心理を「代理コスト」と呼ぶ。つまり、ツールを入れることで「自分で考えなくても大丈夫」と思いたくなるのだ。これは人間の脳が判断を嫌う性質から来ているが、セキュリティにおいてはこれが致命的な油断につながる。

安心感と安全性は別問題

たとえばVPNやUTMを導入した企業が「もう安心だ」と思ってしまい、設定の見直しや運用の監視を怠るケースは少なくない。実際に【VPNの盲点】や【セキュリティ対策ガイドライン5か条】でも触れた通り、「導入しただけでは意味がない」のが現実だ。安心は気持ちの問題、安全は運用の問題だ。この違いを明確にする必要がある。


人間だけでなく、組織としてもセキュリティは後回しになりやすい。これは心理的コストや集団の意思決定の性質からくる

不便・面倒は脳が避ける

何かを始めるにはエネルギーが必要だ。セキュリティ対策は、「何をすればいいのか調べる」「設定する」「社内に説明する」など、面倒なプロセスが多い。そのため、後回しにされる。これは脳が“省エネ”を好むためであり、特に忙しい中小企業の現場では顕著だ。

組織心理でさらに加速する

さらに悪いことに、組織内で「誰かがやるだろう」という空気が流れやすい。これが「責任の拡散」となり、結局誰も動かない。社長が「やるぞ!」と明言しなければ、現場の誰も動かないのが現実だ。これは【IT顧問のススメ】でも指摘した通り、“判断を先送りする組織文化”が生む問題でもある。


セキュリティが後回しになる理由は、ツールの有無や知識不足ではなく、人間の意思決定に内在する“脳のクセ”にある。
中小企業の経営者にとって大切なのは、「自分たちは怠けているのではなく、人間の仕組みに沿って行動しているのだ」と理解することだ。
その上で、無理なく取り組める“仕組み”を設計することこそが鍵となる。


最終的には、専門家との連携やIT顧問の活用、セキュリティアドバイザーによる支援など、「人の力を借りて、人のクセに対応する」体制がもっとも現実的かつ有効なセキュリティ戦略となる。

最後までお付き合いいただきありがとうございます。
また、お会いしましょ。