【個人スマホと会社支給スマホ】〜中小企業が今いちばん悩む“現実的なセキュリティ問題”〜

smartphone-security-byod Security

中小企業のセキュリティ対策において、見過ごされがちな「スマートフォン運用」。特に、社員が自分のスマホで業務アプリやメールを使うBYOD(Bring Your Own Device)のスタイルが定着する中で、情報漏えいや管理不能なリスクが潜んでいることを、どれほどの経営者が“実感”できているだろうか。一方で、セキュリティ強化を狙って会社がスマホを支給しても、コスト・運用・現場の実態とのズレという落とし穴に陥る企業も少なくない。 本稿では、「個人スマホを使うからダメ」「会社スマホを配れば安心」という単純な話ではなく、どこまで許容し、どこから管理すべきかという“線引き”の重要性と、最終的には“端末ではなく情報”をどう守るかという本質論まで、現実に沿って徹底的に掘り下げていく。

「社員が自分のスマホで仕事をする」こと自体は、もはや珍しいことではない。むしろコロナ以降は、移動中の対応や在宅勤務、チャットでの即時連絡などにおいて、個人端末の柔軟性は業務効率の観点では非常に合理的だ。だが同時に、ここにこそ企業にとって最大の“見えないリスク”が潜んでいる

Teams/LINE/メールを個人端末で使う日常

多くの企業では、TeamsやLINE、GmailやOutlookといった業務ツールが、社員のスマホから普通に使われている。便利だし、すぐに対応できる。
だが、そのアカウントはどう管理されているだろうか?例えば端末が盗まれたとき、退職したとき、そのスマホの中に残る情報は誰が削除できるのか?
実際、LINEで顧客とやりとりしていた社員が退職後もチャット履歴を保持しており、社外で使われていた、という事例は枚挙に暇がない。

情報漏えいのリスクとは、ウイルスやサイバー攻撃だけではない。日常の業務フローに潜む、気付きにくいスキマから起こる

BYODの管理不能領域

BYODを導入している企業でも、「画面ロックを必須にする」「業務アプリはこのフォルダにまとめる」といった管理ポリシーが明文化されていないケースがほとんどだ。
また、OSのアップデートやアプリのバージョン更新、紛失時の報告体制など、基本的なルールすら社員の“良識”に依存しているのが現実である。


経営者が見落としがちなのは、「個人のスマホである」というだけで、企業がコントロールできる範囲は極端に狭くなるという事実だ。

家庭リスク(家族共有・写真同期・Wi-Fi・紛失)

もう一つ盲点となっているのが、家庭というプライベート領域の存在である。家族と端末を共用していたり、写真がクラウド同期されていたり、アカウントを他端末でも利用していたり……。
例えば、子どもが勝手に業務用アプリを起動してしまった、という事例も実際にある。さらには、カフェや自宅Wi-Fiに接続することで発生する盗聴・改ざんなどの目に見えない脅威もある。
「スマホ=個人の延長」だからこそ、業務で使うにはあまりにもリスクが広範囲なのだ。


「ならば会社でスマホを支給しよう」。これは一見、正しい判断に思える。確かに端末を会社が支配下に置けることは、情報管理の面で非常に効果的だ。
しかし、そこには中小企業に特有のリソースと現場実態のズレが潜んでいる。

台数分の管理コスト(MDM/運用)

スマホを10台支給するなら、10台分の設定・運用・サポートが必要になる。MDM(モバイルデバイス管理)を導入したとしても、管理する人が社内にいなければ意味がない
しかも、「何をどこまで管理するか」という設計をしなければ、導入しても形骸化するだけだ。
「セキュリティ対策だから」と言われて導入しても、運用の負担で現場が疲弊するようでは、本末転倒である。

現場は結局“個人スマホも使う”現実

支給端末を配っても、結局「LINEは使えない」「プライベートの方が楽」と、個人スマホを併用するケースが多数だ。
この“併用状態”が一番危険で、どの端末にどの情報があるか分からない混在状態が生まれる

情報の二重化・混乱が起きる

会社スマホと個人スマホ、両方に同じファイルが保存されていたり、メールが届いたり…。
こうなると、どこに最新の情報があるのかが不明確になり、誤送信や取り違えの原因になる。そして最悪なのは、退職時の情報引き上げが不完全になること
「スマホを渡せば安心」ではなく、その後の運用設計がなければむしろリスクが増す


スマホの業務利用を「完全に禁止する」ことも、「完全に自由にする」ことも、中小企業ではどちらも非現実的である。だからこそ重要なのは、自社の実態に合わせた“許容と管理の線引き”を経営者自身が定義し、社内に浸透させることだ。

完全禁止は非現実的

営業や施工管理、サービス業など、外回りや即応性が求められる職種では、スマホはもはや業務インフラである。
これを「禁止」とすることは、業務の効率を損ね、現場との距離を広げるだけだ。現場は必ず抜け道を見つけてしまうし、禁止されていること自体が現場と経営の“断絶”を生む温床になる

完全自由も危険

一方で、ルールを設けずに「自由に使ってよい」というスタンスを取ってしまうと、社員ごとに管理意識がバラバラになり、全体最適が効かなくなる
企業として情報を守る以上、“自由”には必ず“ルール”が伴わなければならない

線引きこそ本質

つまり経営者が考えるべきは、「何を許し、何は制限するのか」という境界線の設計である。
そしてその線引きの基準は、端末ではなく“情報”の取り扱いに軸足を置くべきだ。
たとえば「Teamsでのやり取りはOK、LINEはNG」「業務ファイルは必ず会社のクラウド上に保存」など、情報の流れを可視化・統制するルールを設定することが、最も効果的かつコスト効率の高い対策になる。


スマホが個人所有であろうと会社支給であろうと、情報セキュリティのリスクは“端末”ではなく“データ”の取り扱い方に起因する。
だからこそ今、中小企業に必要なのは、「どのスマホで使うか」ではなく、「どの環境で情報を扱うか」への発想転換である。

端末管理 → データ管理へ移行

従来のセキュリティ対策は「端末を守る」ことに重点が置かれてきた。だが、それでは端末が盗まれた瞬間にすべてが終わる
今、必要なのは逆転の発想だ。端末は“器”でしかない。肝心なのは“中身”=データである。
SharePoint、OneDrive、Teamsなど、Microsoft365のクラウド環境を活用すれば、端末が変わってもデータは保護され続ける。つまり、端末に依存しないセキュリティこそが、もっとも現実的な解だ。

スマホに保存しないだけでリスク激減

「スマホの中にデータを残さない」。たったこれだけでも、漏えい・紛失時のリスクは劇的に減る
ダウンロードを禁止し、クラウドで閲覧・編集するスタイルを徹底すれば、スマホ自体が“通過点”になる。この発想が、セキュリティと利便性の両立につながる。

例えば…Teams/OneDrive/SharePointに統一

業務アプリを統一することで、情報の流通も一元化できる。たとえば、資料はOneDrive、会話はTeams、共有はSharePointという整理されたフローを構築することで、「誰がどの情報を使っているのか」「退職時に回収すべきデータはどこか」といった管理も簡潔になる。
“使う環境を統一する”ことが、管理コストを減らし、ルール違反も起きにくくする最大の方法だ。


BYODを完全に排除できない以上、最低限のルールは絶対に必要である。しかもそれは、技術的で難解なものである必要はない
むしろ、社員が自分ごととして納得でき、習慣として守れるようなシンプルなルールが求められる

画面ロック・OS更新・紛失対応

IPAが提示する「セキュリティ5か条」でも、OSの更新や画面ロックの徹底は基本中の基本とされている。
「当たり前のことを、全員が当たり前にやっている」状態を作るには、明文化と定期的なチェックが必要だ。

LINE・写真・個人クラウド保存は禁止

LINEで業務連絡をすること、写真を撮って送ること、Google Driveに保存すること。
これらは便利だが、会社が統制できない領域に情報が拡散するという点で、致命的なリスクを孕んでいる
この部分こそ、「一律禁止」と明確にルール化することが必要だ。

退職時の認証解除・アプリ削除手順

退職者が業務アプリやアカウントにアクセスできる状態が残っていると、それだけでセキュリティの穴が開いたままになる。
最終出勤日に、業務アカウントを無効化し、必要なアプリの削除確認をする手順は、社内の「標準作業」として文書化しておくべきだ。


会社支給スマホは「セキュリティを強化するために最も分かりやすい手段」である一方、導入すればそれで完了ではない
“支給したが誰も使っていない”“運用が回らない”という実態をどう解消するかが鍵になる。

支給しても使われない問題

実際に多くの現場で起きているのが「使ってもらえない」という問題である。
理由は明快で、社員にとって“使うメリットがない”からだ。
「LINEが入っていない」「バッテリーが持たない」「2台持ちは面倒」といった、利便性の欠如が最大の原因である。
つまり、セキュリティ強化のために導入したスマホが、現場の実態と合っていない=形骸化する

導入時にやるべきは、単なる端末配布ではなく、「現場と業務フローのヒアリング」「導入後のフォローアップ体制」まで含めた運用設計だ。
「なぜこの端末が必要なのか」「どう使うことで業務が楽になるのか」まで“伝えること”も導入の一部である。

MDM導入の現実

MDM(モバイルデバイス管理)を導入すれば、遠隔ロックやアプリ制御が可能になり、情報漏えいリスクの低減には確かに効果的だ。
だが中小企業では、導入後の運用人員・スキル・時間が不足しがちである。
その結果、「設定はベンダー任せ」「何か起きたらどう対応するか分からない」という放置状態になり、むしろ新たなリスクを生む。
MDMはあくまで“道具”であり、それを活かす「設計」と「運用体制」がなければ、ただのコスト負担になるだけだ。

運用ルール・責任者・対応フロー

会社支給スマホを有効活用するためには、社内での責任体制とルール作りが不可欠だ。
たとえば以下のような設計が必要である:

  • 紛失・盗難時の連絡先は誰か?
  • 更新や端末交換の手順はどうするか?
  • 使用状況を定期的にチェックするのは誰か?

このように、“誰が・何を・どう管理するか”が曖昧なままでは、せっかくの支給も機能しない
端末を支給することはスタートに過ぎず、「仕組みを育てる」ことが成功の条件である。


結論として、もっとも現実的かつ安全なスマホ運用は、「会社支給」と「個人スマホ」の両方を活用する“ハイブリッド運用”である。

重要業務は会社支給

顧客情報、契約関連、売上データなど、情報漏えいによるダメージが大きい業務については、必ず会社支給端末に限定するべきだ。
さらに、会社クラウドに直結したアカウントとアプリだけを使わせ、ログや履歴がトレース可能な環境を整えることが必要である。
「これは会社支給端末以外でやってはいけない」と線引きすることが社員の判断ミスを減らす第一歩となる。

軽作業は個人スマホ

一方で、急ぎの伝言、連絡、通知の確認など、リスクの少ない“軽作業”は個人スマホに一定の範囲で許容する。
ただし、ここでも以下の制限は不可欠である:

  • 使用アプリの限定(例:LINEは禁止、Teamsのみ可)
  • 保存は不可(クラウドから閲覧のみ)
  • 端末ロックやOS更新の義務付け

こうした制限付きの運用ならば、“便利さ”と“安全性”を両立できる

両者を“クラウド中心”で統一

併用運用において最も大事なのは、クラウドを中心に情報を統一管理することである。
「どの端末からアクセスしても、同じデータが見える/記録が残る」という状態を作れば、
端末に依存しない、強固で柔軟なセキュリティが実現する
それにより、スマホ紛失・退職・端末変更といったあらゆるトラブル時にも、事業継続性を損なうことなく対応可能となる。


スマホを使う使わない、個人か会社か。こうした議論に振り回される前に、まず経営者が認識すべきは「何を守るべきか」である
その答えは明確だ。守るべきは“端末”ではなく、“業務データ”という企業の資産である。

クラウドを中心に情報管理を設計することで、スマホという“道具”は柔軟に活用できるようになる
そのためには、現場の実態を見つめ、経営者自身が「どこまで許し、どこから管理するか」の線引きを示す必要がある。
さらに、自社内で設計や運用が難しい場合は、IT顧問や外部専門家と顧問契約を結び、“設計から運用まで”の伴走支援を受けることが極めて有効である。

セキュリティ対策はコストではない。企業の信頼、業務継続性、そして未来の売上を守るための“経営戦略”そのものなのだ。

最後までお付き合いいただきありがとうございます。
また、お会いしましょ。