中小企業の経営者の中には、「どうしても生産性の上がらない社員がいる。もう辞めてほしい」と感じる場面に直面することも少なくない。だが、その判断は本当に正当か?本稿では、生産性という言葉の本質から、評価制度の整備、事業計画の共有、定量的な指標に基づいたマネジメントの在り方まで、具体的な視点と実践法を提示する。
社員に辞めてもらうという「結果」ではなく、経営者自身の「経営姿勢と制度整備」が先にあるべきではないのか。人材不足が深刻化する中、社員を辞めさせるという選択の前に、なぜその社員が「生産性が低い」と判断されているのか、そしてその評価は本当に正しいものなのかを問い直す必要がある。
「生産性が低い社員に辞めてほしい」と思ったとき、経営者がまず考えるべきこと
中小企業経営者が抱える典型的な悩みの一つが、「成果が見えない社員への対処」である。だが、それを「辞めさせたい」という結論に飛躍させる前に、冷静に状況を分析する必要がある。
「生産性が低い」とは何か?評価指標の不在がもたらす曖昧な判断
多くの中小企業では、「生産性」という言葉を直感的に使っているが、その定義が極めて曖昧なままにされている。生産性とは、投入されたリソース(人、時間、資金)に対して得られるアウトプットの比率である。たとえば、営業職であれば売上高、受注件数などで可視化できるが、総務や経理、技術部門のような間接部門ではどうか。そこに明確なKPIがなければ、評価は経営者の印象や主観に依存することになる。
さらに、日常的に見かける「私用PC利用」「居眠り」「よく分からない移動」などの行動をもって、生産性が低いと断定してしまうのは極めて危険である。これは行動の一側面に過ぎず、実は本人が不明瞭な業務指示や環境整備の不備により、成果を出せていないケースもあるからだ。
指示が曖昧なままでは「共有」されていない
経営者の多くは、「こうやってほしい」「こんな結果を出してほしい」と伝えているつもりでも、それが具体的に伝わっていない場合がある。曖昧な指示、口頭のみの伝達、属人的な期待値によって、社員側は「何をどうやれば良いのか」が分からないまま日々を過ごしている。結果として、行動がバラバラになり、成果も上がらない。だが、それは本当に「社員の問題」なのか?もしかすると、情報伝達の構造そのものに大きな問題があるのかもしれない。

社員に成果を求める前に、経営者自身が「成果定義」を構築すべき
「ちゃんとやってるか?」ではなく、「何を」「どれだけ」「いつまでに」やるべきかを、定量化して指示する。これがマネジメントの基本であり、社員の行動を適切に評価するための前提である。経営者がこの「成果定義」を曖昧にしている限り、生産性を論じることはできないし、社員を正当に評価することも不可能となる。
「生産性の評価」が感覚頼りになっていないか?経営の基礎が曖昧な中小企業の実態
社員が「辞めて欲しい」と思われるようになるまでに、経営者自身が放置してきた問題が数多く存在している。それは評価制度の不備であり、経営指標への無理解である。
「残業=頑張っている」とする時代錯誤な評価軸
いまだに「長時間働いている=頑張っている」と評価する企業も存在する。だが、これは労働時間でしか成果を測れない環境がもたらす誤った評価方法だ。むしろ本来は、少ない時間で大きな成果を出す社員こそが高く評価されるべきである。「残業時間が多いからボーナスを上げたい」などの制度は、社員のモチベーションを歪め、非効率な行動を助長するだけである。

経営指標が「感覚」で決まっていないか?
売上目標を「去年の倍」とか、給与を「昔の相場」などで決めていないか。こうした思考停止の経営判断は、組織全体に悪影響を及ぼす。中小企業の多くは、管理会計や予算策定の基本ができていない。収益計画も利益率も明確でない中で、成果を論じるのは本末転倒だ。まずは月次の予実管理、労働分配率の計算など、経営指標を数値で把握する能力が必要である。
管理部門や技術部門こそ、工夫された評価制度が必要
営業のように数値で評価しやすい職種とは異なり、管理部門や開発部門では工夫が求められる。たとえば、業務の改善提案数、トラブル対応件数、プロジェクト納期遵守率など、間接業務に対する成果を具体化する指標を設計しなければ、曖昧な主観での評価しかできない。そして、このような制度設計がされていない限り、「生産性が低い」といった評価はすべて無効に近い。
「辞めてほしい」と思う前にやるべき、3つの経営者の行動
社員の問題を嘆く前に、経営者自身がやるべきことは多い。とくに中小企業では、トップの思考と行動がそのまま組織文化を形作るからだ。
1. 事業計画を明文化し、指標と報酬制度を連動させる
事業計画は、経営者の頭の中にあるだけでは意味がない。紙に落とし込み、各部門や個人レベルでの目標に分解しなければならない。そして、その達成度合いによって報酬や評価が決まるような制度設計を行うことで、社員は自身の行動がどのように評価に結びつくのかを明確に理解できる。これがあって初めて、合理的な「生産性評価」が可能になる。
2. 経営者自身が数値に強くなる
管理会計、キャッシュフロー、営業利益率、労働分配率、KPIなど、経営者が押さえるべき基本指標は多岐にわたる。これらに対する理解があれば、社員に対する評価も公平かつ戦略的になる。定性評価ではなく、定量評価が経営に組み込まれることにより、社員との間に信頼が生まれ、納得感あるマネジメントが実現できる。
3. 組織の中で「セカンドオピニオン」を取り入れる
自社の体制だけで課題解決が難しいならば、外部のIT顧問や経営コンサルタントに意見を求めるのも有効である。特に人材マネジメントや評価制度については、第三者の視点が解決の糸口になることも多い。社員を辞めさせる前に、経営者自身が「自分の判断は本当に正しいのか?」と自問する環境を持つことが重要だ。
まとめ:社員の生産性を問う前に、経営の生産性を問い直せ
「社員が悪い」「辞めてもらいたい」という感情に至るまでには、経営の側にも多くの問題が積み重なっている可能性がある。主観的な評価、曖昧な指示、不在の評価制度、そして管理会計の未整備。これらを放置したままでは、どれだけ優秀な人材を雇っても、同じ問題が再発するだけだ。
だからこそ、経営者自身がまず「経営の質」を高める必要がある。事業計画の見える化、報酬制度の明確化、数値による管理、そして社員への敬意。これらを整備し実行していくことで、「辞めさせたい社員」は結果的にいなくなる。いや、辞めさせる必要がないほど、組織が自律的に動くようになる。
「社員の生産性が低い」と感じたとき、それは経営の生産性が問われているサインである。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
また、お会いしましょ。