【便利より「使いやすさ」で選ぶIT導入の視点】〜「使いやすさ」の正体とは?〜

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中小企業のIT導入において、「便利そうだから入れたけど誰も使ってない…」という状況はよくある話だ。T導入が経営に与える影響は大きいが、その成果が出ない理由は“使いやすさ”の見誤りにあることが多い。機能が豊富で多機能でも、現場が戸惑うならば導入効果はゼロ。中小企業がIT導入を成功させるためには、「便利さ」ではなく「使いやすさ」を最優先に据えた視点が必要だ。本稿では、実際に起こりがちな“あるある”を交えながら、IT導入の落とし穴と現場が本当に求める使いやすさの本質を解説する。

IT導入で失敗する中小企業に共通するのが、「導入前の期待と導入後の現実」のギャップである。

「便利そう」「これ一つで全部できる」に惹かれたツールの現実

営業管理から請求、勤怠管理まで“これ一つで全部できます”という謳い文句に惹かれたものの、実際に導入してみると、使い方が複雑で結局放置…というケースは少なくない。『IT顧問のススメ』でも言及したように、「ベンダーの勧めで入れたが、もともと自社に必要な機能は既存の設備にあった」という“無駄なIT投資”の例もある。

よくある現場の声:「あれ、ログインどこでしたっけ?」

「前のほうが早かった」「毎回ログイン方法を忘れる」など、現場からの不満の声が上がるのは、実は導入当初からの“使いづらさ”が解決されていない証拠である。ITツールが“業務の邪魔”になっている瞬間であり、これが積み重なって使われなくなる。

便利=機能が多い。使いやすい=手間が少ない

“便利”とは多機能であることを指すことが多いが、“使いやすさ”とは日常の業務における「手間の少なさ」にある。経営者がこの違いを理解していないと、どれだけ高機能なツールを入れても成果は得られない。


「使いやすさ」とは何か?――この問いに対して、多くの人が「操作が簡単」「画面がきれい」「説明が丁寧」などと答える。しかし、それらは“使いやすさ”の表面的な部分に過ぎない。本質はもっと深いところにある。それはズバリ、「考えずに動けるかどうか」である。これは単なる操作性の問題ではなく、業務にどれだけ自然に溶け込めているか、つまり“現場が止まらずに回るか”という話だ。

「新人でも迷わず使える」設計とは?

新入社員が初出社したその日、誰にも聞かずにITツールを触って業務ができた――これは、導入したITツールが“現場になじんでいる”証拠である。逆に言えば、「とりあえず触ってみて」「あとはマニュアル見ながらね」と言われる時点で、使いやすさには疑問符がつく。

「使い方はこのページに全部書いてあるから」と分厚いマニュアルを渡されても、現場の手は止まる。業務の流れに合っていなければ、覚える気すら起きない。システムの導入担当者やベンダーが丁寧に説明してくれたとしても、それが“現場の言葉”でなければ意味がない。

本当に使いやすいツールとは、言葉を覚える必要もなく、触ればなんとなくわかるものだ。スマートフォンが広く普及したのは、誰もが説明書なしに使い始められたからに他ならない。中小企業のIT導入でも、同じことが求められる。

「考えなくても動ける」は最大のコスト削減

現場が“考えなくても動ける”というのは、「思考停止しろ」ということではない。そうではなく、「考えるべきところに集中できる」ということだ。

たとえば、受発注業務の担当者が、ツールの使い方に悩む時間がゼロであれば、空いた時間を納期調整や顧客対応に回せる。これが積み重なれば、対応のスピードもミスの数も格段に改善する。

この“迷わない設計”は、見えないコストを削る最強の武器だ。具体的には以下のようなムダを削減できる。

  • 操作ミスによるやり直し(=時間ロス)
  • 間違いを確認するための電話・チャット(=社内コミュニケーションコスト)
  • 研修やマニュアル作成にかかる時間(=教育コスト)
  • IT担当者への問い合わせ・呼び出し(=サポート工数)

「ツール自体に慣れる」という工程がほぼ不要な状態。これこそが、真に“導入効果があった”といえる。

現場の“手が止まる瞬間”をなくせるかどうか

中小企業の現場で、ツールを使っていてよく聞く声がこれだ。

  • 「あれ、ログインどこからでしたっけ?」
  • 「毎回同じ入力なのに、なんで自動で出ないの?」
  • 「これ、保存したはずなのに消えてる…?」


こうした小さな“違和感”や“面倒”は、たとえ数秒〜数分でも、積み重なると強烈なストレスになる。そしてある日、こうなる。

「もう、エクセルでやった方が早いからそっちでやるわ。」

これが、IT導入が“死ぬ瞬間”である。

パスワードの入力回数が多い、同じ情報を何度も入力しないといけない、画面が3階層も深い…こうした些細な仕様が現場の足を止めている。誰も言わないが、現場では「ツールの操作をしている時間=業務が止まっている時間」と捉えられている。

“何も考えずに次の作業に進める”という設計は、それだけで現場のストレスを減らし、能率を上げる。

◆事例:失敗に終わった「便利そうなツール」導入の現実

ある中小企業が、業務効率化のために月額数万円のクラウド業務管理ツールを導入した。あらゆる機能が一つにまとまっていて、「これ一つで業務が全部回る!」という触れ込みだった。しかし半年後、現場では誰も使っていなかった。

理由を聞くとこうだ。

  • 「画面がごちゃごちゃしてて何をすればいいのか分からない」
  • 「一つ入力するのに3画面も移動しないといけない」
  • 「前の方が早かった」

結果として、以前のエクセルと紙の業務フローに逆戻り。ベンダーからは「活用していないだけ」と言われたが、実際には“現場が受け入れられる設計”になっていなかった。

この企業の経営者は後に、「あのツールは“便利そう”には見えたが、“使いやすさ”までは見ていなかった」と振り返っている。

◆本当に見るべきポイントは「どこで手が止まるか?」

現場がツールを使いながら、どのタイミングで「うーん…」と悩むのか。これを観察することが、“使いやすさ”を判断する最も確実な方法である。

  • 操作がスムーズに進むか
  • よく使うボタンがすぐに見つかるか
  • 何も教えずにやってみても進めるか

これらを確認することで、“現場が自然に使い続けられるか”が見えてくる。これは、「導入する前に誰がどこでどんな操作をするか」を想定するプロセスともつながっている。

考えずに動ける設計は、現場への最大の配慮

現場で起きている“手が止まる瞬間”を潰していくことが、実は最大のコスト削減につながっている。これは派手な改革ではないが、現場のストレスを減らし、作業を前に進める最大の力である。

経営者は、「高機能」や「価格」だけでなく、「現場が本当に迷わず使えるか?」という視点でツールを選ぶこと。これを押さえるだけで、IT導入の成功確率は一気に上がる。

そしてなにより、使いやすいツールは現場から感謝される。このことを忘れないでほしい。

「便利な機能」より「手が慣れる設計」が現場では強い

どんなに高機能なITツールでも、日々触る現場の人が「手に馴染む」と感じなければ、意味がない。

毎日触る人が主役、導入した人が主役じゃない

IT導入を主導する経営者やベンダーは、ツールの導入で“仕事をした感”を持ちがちだが、実際に日々操作するのは現場のスタッフ。主役を間違えると、どれだけ良い製品も“使われない”道をたどる。

「できること」より「やらなくていいこと」が増えるのが理想

例えば、「自動保存」「ワンクリック送信」「自動集計」など、操作回数が減る仕組みは、現場にとっての“使いやすさ”そのものである。ツールに慣れる努力を求めるのではなく、ツールのほうが現場に歩み寄るべきである。


IT導入は、魔法のように現場を一変させるものではない。導入したその日から便利になる…という話ではなく、そこから“現場に馴染ませていく”プロセスが始まるという理解が不可欠だ。特に中小企業においては、業務の仕方が人に依存しているケースが多く、ツールを導入しただけで自動的に業務改善が進むことはない。

現場主語のIT導入とはどう進めるべきか?

まず着手すべきは、「1日の仕事の流れ」の“見える化”だ。ツールを選ぶ前に、「どの業務が一番手間なのか」「誰が、どのタイミングで、何をしているのか」を紙に書き出してみる。実際に手を動かしている人の視点でボトルネックを洗い出すことで、「それ、ツールで自動化できるね」という判断が初めてできる。

そのうえで、デモや試用の場面では“現場の人”に触らせることが絶対条件だ。社長や管理職が「これは良さそうだね」と感じても、現場で「これ、逆に面倒くさいです…」となれば、そのツールは稼働しない。使うのは現場、主役も現場である。

そして見落とされがちなのが、「慣れるまでどれくらいかかるか?」という視点。習得に1ヶ月かかるツールと、1日で感覚的に使えるツールでは、導入後の負担も成果もまったく違う。“慣れるまでの時間”は、目に見えない“導入コスト”そのものなのだ。

導入後の“違和感”の扱い方

「これ、ちょっと使いにくいかも」と誰かがつぶやいた時、それを“たまたま”で片付けてはいけない。現場からの小さな違和感は、放っておくと「誰も使わないIT」へ一直線だ。導入したツールに関して、週1回の社内MTGで“困りごと”をヒアリングする、アンケートで使い勝手を聞く、Slackなどで相談しやすいIT専用チャンネルをつくる――そんな小さな仕組みが、定着と改善の決め手になる。

そして絶対に忘れてはいけないのは、「教育でカバーできるだろう」は本末転倒だということ。教えないと使えないツールは、すでに“使いにくい”という評価が確定している。『IT顧問のススメ』にもあるように、操作を覚える努力ではなく、ツールの方から現場に寄り添う設計こそが重要なのだ。

IT導入の成功とは、社員が「自然と使っている状態」になっていること。誰かに言われたからではなく、“気づいたら使っていた”くらいがちょうどいい。導入して終わりではなく、“運用を育てる”視点で、少しずつ改善を重ねる。それが中小企業にとって、最も現実的で、最も確実な成功への道である。


IT導入で失敗する最大の理由は、「便利そう」に目を奪われた判断ミスにある。機能が多いことよりも、現場がストレスなく使えることの方が、よほど重要である。中小企業にとって、限られたリソースで最大の効果を得るには、「使いやすさ」を最優先にすべきである。

「これは誰がいつどう使うか?」を徹底的に考えること。現場の声を拾い、違和感を見逃さないこと。経営者自身が“現場感覚”を持って選定に関わること。

これらができれば、“便利そうだけど使われないIT”とは無縁の環境を築けるはずだ。

最後までお付き合いいただきありがとうございます。
また、お会いしましょ。