【ITリテラシーの誤解⑥】経営者のIT誤解が会社を止める〜意図せず“変化できない組織”を作ってしまう理由〜

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中小企業がITを活用しようとする際、最大の障害は「経営者自身のITに対する誤解」にある。多くの経営者が「ITは便利にするためのもの」「詳しくないから任せるしかない」といった前提を持っているが、実はこの“思い込み”こそが現場を混乱させ、変化を止めている。ITセキュリティ、DX、業務改善においても、最初の一手は「経営者の意識改革」である。本稿では、中小企業経営者に向けて、ITを経営の“構造”として再定義し、現場を動かすための思考転換のポイントを解説する。低コスト・IT人材不足・サイバー攻撃といった現実の中で、経営者が知るべき“本当のITの扱い方”とは何かを明らかにする。

  1. 経営者のIT理解が会社の方向性を決めてしまう
    1. 「わからないから任せる」が実は最も危険な理由
    2. ITを“コスト”“便利グッズ”として捉えてしまう構造
    3. 誤解のまま判断すると、現場は必ず混乱する
  2. 経営者が抱きやすい“4つのIT誤解”
    1. 誤解①:IT=便利にするもの
    2. 誤解②:IT=操作できるかどうか
    3. 誤解③:トラブルは機械側の問題
    4. 誤解④:ツール導入=解決
  3. 経営者の誤解が生む“現場の停滞”
    1. 現場が“便利さ競争”に巻き込まれる
    2. 本質理解のない教育が広がる
    3. ツールが乱立し、情報が散らばる
    4. 属人化が進み、引き継ぎが成立しない
    5. “やってみたが何も変わらない”の繰り返し
  4. 会社が動く経営者の特徴:ITを“判断材料”として扱う
    1. 仕組み・構造・情報の流れで物事を見る
    2. 短期効果ではなく“リスク回避・継続性”を評価軸にする
    3. “便利”より“再現性”を求める
    4. 社員に「考え方」を伝える教育を行う
  5. 経営者が知っておくべき“ITの本質”
    1. ITは業務を自動化するのではなく「構造化」するもの
    2. ITは現場を楽にする前に“業務の粗さ”を露呈させる
    3. ITは仕組み化と判断の質を支える“経営インフラ”である
    4. 理解が深まるほど、IT投資は怖くなくなる
  6. 今日から経営者が変えられるITとの向き合い方
    1. ① 「これは何を意味する?」と情報に問いを立てる
    2. ② “便利さ”ではなく“構造”で判断する
    3. ③ ツールの紹介より“仕組みの説明”を求める
    4. ④ 現場ではなく“経営の問題”としてITを扱う
  7. まとめ:会社を動かすのは、経営者の“IT観”である
    1. 誤解を解くと、組織の意思決定が整い始める
    2. 社員の教育方針が変わり、改善が再現性を持ち始める
    3. ITは“未来の事業を支える基盤”である

経営者のITリテラシーは、単なる知識の有無ではない。それは組織の判断軸そのものであり、現場がどう動くかの「空気」をつくる起点である。

「わからないから任せる」が実は最も危険な理由

「自分は詳しくないから、現場に任せる」「ベンダーの提案に従う」――これは一見、謙虚な態度に見えるが、経営の視点では極めて危うい。判断を放棄するということは、見えないまま会社の方向性を決めてしまうことに等しい。ITは業務構造そのものであり、任せた結果が現場全体の動きに直結する。責任を取るべき経営者がITを“見ない・聞かない・わからない”状態でいると、導入された仕組みは意味を成さず、むしろ業務が停滞するリスクを高める。

ITを“コスト”“便利グッズ”として捉えてしまう構造

経営判断として「高い」「使いこなせない」といった理由でIT導入を避ける声は少なくない。だが、これは「目に見えるコスト」に目を奪われ、「業務構造の変化」や「継続性」といった本質から目を背けている証拠でもある。ITは設備投資と同じく、仕組みを持続可能にするためのインフラであり、“一時の便利さ”を買うものではない。この誤解が、非効率な現場と属人化を招き、最終的に「ツール導入しても効果がない」と判断されてしまう構図をつくる。

誤解のまま判断すると、現場は必ず混乱する

ITに対する浅い理解で意思決定が行われると、現場では混乱が生じる。たとえば、目的が曖昧なままツールを導入しても、誰が何をどう使うのかが明確でなければ活用されず、やがて放置される。「使いこなせない社員が悪い」という発想になるが、実際は“導入判断の軸”がズレていたことが原因である。

ITに対する誤った認識は、意思決定そのものを狂わせ、結果として組織のブレーキとなる。以下に代表的な4つの誤解を示す。

誤解①:IT=便利にするもの

多くの経営者がITを「作業を時短するツール」と捉えているが、それはITの“副産物”に過ぎない。本質は業務構造の再設計にある。便利になるのは結果であり、「何をどのように行うか」を可視化・最適化することで、再現性のある仕組みを作ることが目的だ。

誤解②:IT=操作できるかどうか

「自分が使いこなせないから不要だ」「社員が年配なので難しい」――こういった発言は、ITを“道具”としか見ていない証拠である。ITは「人が使うもの」であると同時に「組織が使うもの」でもある。操作性ではなく、仕組みとして機能するかどうかが重要である。

誤解③:トラブルは機械側の問題

「システムが悪い」「パソコンが壊れた」といった声もよくあるが、実際の原因の多くは“運用の未整備”にある。どんなに高性能なITでも、設計・導入・教育・運用という全体構造がなければ、成果は出ない。トラブルは機械の問題ではなく「理解不足の反映」だと捉えるべきだ。

誤解④:ツール導入=解決

新しいツールを導入すれば課題が解決すると思い込むのは、非常に危険な幻想だ。大切なのは「なぜそのツールが必要か」「どの業務構造を変えるのか」という問いであり、それがなければ、ツールは使われずに放置されるだけだ。実際に「IT顧問のススメ」でも触れた通り、導入しても活用されず、結果として“逆に手間が増える”ケースが多い

これらすべてが会社を止める“意思決定のズレ”につながる

誤解に基づいたIT導入や運用は、現場に無用な負担を与え、結果として「使われない仕組み」が増殖する。

現場が“便利さ競争”に巻き込まれる

「このツールが便利らしい」「他社はこれを使っている」など、現場がベンダー提案や噂に振り回される。だが、業務内容や人員構成が異なる中小企業では、“よそはよそ、うちはうち”の視点が不可欠である。便利そうに見えるものを積み上げた結果、全体としては不便になるケースが少なくない。

本質理解のない教育が広がる

ツール導入後に「使い方研修」は行われるが、その前提となる「なぜ使うのか」「この仕組みが業務にどう貢献するのか」といった視点が欠けていることが多い。結果として“操作だけ覚えて終わり”になり、現場は形だけ使うようになってしまう。

ツールが乱立し、情報が散らばる

使い道が重複するツールがいくつも存在し、情報はあちこちに分散。結局、どこに何があるかわからず、属人化が進み、業務の透明性が失われる。中小企業の現場では「IDとパスワードがどこにあるかわからない」という問題が日常的に発生している。

属人化が進み、引き継ぎが成立しない

業務が個人のスキルや記憶に依存し、誰かが辞めた途端に全体が崩れる――これがITが仕組み化に失敗した典型である。ITは“属人化を解消する手段”でなければならない。

“やってみたが何も変わらない”の繰り返し

試行錯誤を重ねるが成果が見えず、「ITは意味がない」「また無駄だった」との印象が根付いていく。このサイクルこそが“組織の停滞”を生み出している。

変化できる中小企業は、経営者が「ITを経営判断の材料」として扱っている。視点が変わると、組織全体が自律的に動き出す。

仕組み・構造・情報の流れで物事を見る

ツールや操作ではなく、「この業務の流れはなぜこうなっているのか?」「どこでボトルネックが発生しているのか?」を問い直す経営者は、ITを“仕組みのレンズ”で見ている。たとえば、メールでのやり取りが多すぎるなら、それは単に「連絡手段の問題」ではなく「情報の構造化不足」が原因かもしれない。

短期効果ではなく“リスク回避・継続性”を評価軸にする

目先の便利さよりも、「これは継続的に運用できるか?」「リスクを低減できるか?」を評価基準とする経営者は、正しい判断ができる。ITは“瞬間的な成果”よりも、“中長期的な安定”を生む仕組みであることを理解しているのだ。

“便利”より“再現性”を求める

一部の社員しか使えない仕組みではなく、誰でも同じように使える仕組み――つまり「再現性のある業務」が求められる。「あの人がいれば回る」ではなく、「誰がやっても回る」を目指すことが、IT導入の本質である。

社員に「考え方」を伝える教育を行う

使い方を教えるのではなく、「なぜその仕組みが必要か」「どんな前提で判断すべきか」を伝える経営者は、現場に思考の軸を根付かせることができる。これにより、現場が自律的に動けるようになり、属人的な運用から脱却できる。

ITを単なる道具と見なす限り、本当の変化は訪れない。ITは「業務の見える化・仕組み化・意思決定の支援」を可能にする“経営インフラ”である。

ITは業務を自動化するのではなく「構造化」するもの

多くの誤解があるが、ITは魔法のように仕事を“楽にする”道具ではない。本質は「業務を論理的に構造化し、誰でも同じように実行できるようにする」ことにある。そこには、手順・ルール・情報整理といった“設計”が必要だ。

ITは現場を楽にする前に“業務の粗さ”を露呈させる

ITを導入してもうまく機能しない場合、問題は“ツールの性能”ではなく“業務自体の不整備”にある。実際、「やってみたら回らなかった」というケースの多くは、現場の業務フローに不備があったことが露呈した結果である。

ITは仕組み化と判断の質を支える“経営インフラ”である

ITとは、単なる道具ではなく“企業活動の前提”を支える土台だ。情報の流れ、業務の透明性、リスク管理、教育など、すべての業務活動に関わっている。経営判断においても、ITなしでは成り立たない時代が来ている。

理解が深まるほど、IT投資は怖くなくなる

ITに対する恐怖心の多くは、「よくわからない」「過去に失敗した」という経験から来ている。だが、ITの仕組みを理解すれば、自社に必要なもの・不要なものが見極められ、的確な投資判断が可能になる。

ITとの正しい向き合い方は、思考の転換から始まる。知識や技術ではなく、“見方”を変えることが、経営を動かす第一歩である。

① 「これは何を意味する?」と情報に問いを立てる

IT施策や報告に対して「便利になったのか?」ではなく、「この情報は何を示しているのか?」「どんな構造が背後にあるのか?」と問い直す姿勢が、経営者の判断力を鍛える。

② “便利さ”ではなく“構造”で判断する

「このツールは簡単に使えます」という言葉ではなく、「この仕組みはどう現場に組み込まれるのか?」「継続的に運用できるか?」といった視点で判断することが重要だ。

③ ツールの紹介より“仕組みの説明”を求める

ベンダーからツールを提案された時は、「機能がどうか」ではなく、「どういう仕組みを作ることができるのか」「業務構造がどう変わるのか」を説明させるべきである。

④ 現場ではなく“経営の問題”としてITを扱う

ITは現場の便利さを提供するものではなく、「経営の仕組み」を支える要素である。経営者自身がその視点を持ち、ITを経営の問題として捉えることで、現場も変わっていく。

中小企業がITで変化を実現する鍵は、ツールでも知識でもない。経営者の“ITに対する見方”である。

誤解を解くと、組織の意思決定が整い始める

経営者のIT観が変わることで、判断軸が明確になり、現場とのズレがなくなる。これにより、組織全体の意志決定がスムーズになる。

社員の教育方針が変わり、改善が再現性を持ち始める

操作研修から思考教育へと転換することで、現場が自ら考えて動けるようになり、改善活動も属人的でなくなる。

ITは“未来の事業を支える基盤”である

ITは未来の収益構造を支える“経営インフラ”であり、投資ではなく「持続可能な仕組みづくり」の一部である。

「知らなくていい」は、もう通用しない時代だ。だが、すべてを知る必要もない。大切なのは、“考え方”をアップデートすること。ITは複雑ではない。“変化を恐れず、一歩踏み出す”その姿勢こそが、組織の未来をつくる経営者の最大の武器である。

最後までお付き合いいただきありがとうございます。
また、お会いしましょ。