中小企業では今なお、業務の多くが「とりあえずExcel」で処理されている。表計算ソフトの利便性は確かに高く、特に業務フローが未整備な現場では「万能ツール」として重宝されてきた。しかし、業務の複雑化、リモートワーク、スマホ対応、データのリアルタイム共有など、働き方そのものが変化した今、「Excel文化」が足かせとなる場面が増えているのが実態だ。本稿では、なぜExcelがこれほど浸透したのかという歴史的背景を紐解いた上で、現代の中小企業においてExcelをどう再定義し、どのように脱却すべきかを解説する。IT初心者の経営者や総務担当者でも実践可能な、段階的な移行ステップと意思決定の判断基準も提示する。
なぜ“とりあえずExcel”が共通言語になったのか(過去の必然)
Excel文化の根強さは偶然ではない。限られたリソースの中で最適な選択肢として、Excelは「使いやすく」「分かりやすい」ツールであり、中小企業にとって実用的な業務基盤だった。
選択肢が少なかった時代の最適解
1990年代〜2000年代初頭、業務ソフトは高価かつ専門性が高く、中小企業にとって導入のハードルが高かった。その中でMicrosoft Excelは、Office製品の一部として比較的安価に導入でき、帳票や集計業務を自作できる自由度が評価された。複雑な業務もVLOOKUPやマクロで乗り切れる柔軟性が、多くの現場で支持を集めたのは当然とも言える。
誰でも理解できる一覧表が意思決定を助けた
Excelの大きな利点は「誰が見てもわかる形式」であること。表形式のデータは視覚的に直感的であり、意思決定の際に「紙で出力して見せる」という運用にも馴染んだ。データベースや専門システムではなくても、一覧で見えること自体が安心感を生んだ。これは特に、ITに不慣れな上層部にとって極めて重要だった。
部署を越えた“共通言語”として根付いた
各部署での記録や集計を統合する手段としても、Excelは非常に扱いやすかった。CSV形式によるやり取り、印刷・メール添付での共有といった手法も、「Excelで作るのが当たり前」という共通認識を社内文化として定着させた。ある意味で、Excelは「最初の社内情報インフラ」であった。

その共通言語が今、なぜ停滞しているのか(現在の現実)
かつての最適解だったExcelも、現代の業務環境やITインフラの変化によって「足かせ」に変わりつつある。表計算ソフトとしての便利さが、結果として“情報のサイロ化”を招き、業務効率やDXの進展を大きく妨げている現状がある。以下に、Excelが抱える4つの構造的問題を具体的に掘り下げていく。
ファイルという形が情報共有を不便にしている
Excelは「ファイル=モノ」として扱われるがゆえに、業務プロセスの中で多くの摩擦を生んでいる。例えば、ファイルをメールで送るたびにバージョンが枝分かれし、最終版がどれか分からなくなる“最新版迷子”問題。ファイルをUSBで持ち歩いて紛失した、誰かが上書きして元に戻せない、なども日常的に発生している。

これは情報が「その人のPCの中」「あの人が持っているファイル」に閉じてしまうことで起こる情報の孤立=サイロ化現象だ。こうした状況では、チームでの協業が成り立たず、「とりあえず共有フォルダに置いたけど、誰も見ていない」という事態も多い。結果として、業務は“属人作業”に逆戻りし、DXとは真逆の方向へ進んでしまう。
同時更新や履歴管理が求められる時代とのズレ
業務は今や「一人で完結させる」ものではなく、複数人でのリアルタイムなやり取りが前提となっている。しかし、Excelは基本的に“単独使用”が前提。誰かがファイルを開いていれば他の人は編集できない。「誰かが開いてるから書けない」「一度閉じてください」といった無意味なやり取りが、日常業務のスピードを止めている。
また、履歴管理の面でも限界がある。バージョンを残すために「ファイル名に日付を付けて保存」する運用は、人的ミスの温床であり、正確な追跡が困難。「修正したのに元に戻された」「誰がこの数値を変えたのか分からない」などのトラブルは、業務の信頼性を大きく損ねる。トレーサビリティの欠如は、今後の監査対応やコンプライアンスにも直結する重大なリスクだ。
属人化・巨大化による改修不能なExcelの存在
中小企業では、「〇〇さんしか分からないファイル」が社内にいくつも存在する。それらは複雑なマクロや数式が散りばめられた“ブラックボックス”と化し、作成者が異動・退職した途端に誰も手を付けられなくなる。これはいわば「業務そのものが個人に閉じている」状態であり、極めて危うい。
特に、月次集計や受発注台帳など、重要度の高い業務がこの状態に陥っていることも多く、業務継続性の観点からも重大なリスクとなる。また、修正や改善のたびに作成者を呼び出さねばならず、属人性が高まるほど、業務改善や標準化から遠ざかっていく。こうした環境は、ITによる業務プロセスの自動化・統一化を根本から阻害する構造になっている。
スマホや外部連携との相性が悪い
現場作業・営業活動・リモートワークといった「モバイル前提の業務」において、Excelは明確に不向きだ。スマホでの編集は事実上不可能に近く、ワークフローアプリやクラウドDBとの連携も困難。さらに、API経由で他システムとデータを連携するにも制限が多く、自動化・デジタル連携の障壁となっている。
その結果、例えば「外出先から申請書を確認したい」「日報をスマホで記録したい」といったニーズがあっても、Excelでは対応できず、紙ベース→Excel手入力→手動集計という昭和型のフローから抜け出せない。これは明らかにデジタル活用を妨げる構造的な足かせであり、全社のIT化・DX推進にブレーキをかけている。
✅ 結論:Excel文化の限界は“業務そのものの限界”に直結している
Excelの問題は「ソフトの機能不足」ではない。それを前提とした業務運用、共有の仕組み、意識そのものが、もはや限界に達している。Excelが“止めている”のは業務改善だけではなく、組織の情報流通、コミュニケーション、意思決定のスピードそのものだ。
この状態を放置することは、IT化・DXの波に完全に取り残されることを意味する。Excelの限界を直視しなければ、中小企業の成長はそこで止まる。
Excelをどう位置づけるか ― 残すもの・広げるもの・卒業するもの
Excelを完全に排除する必要はない。ただし、“なんとなく使っている”状態から、“何に使うべきか”を再定義するフェーズに入っている。ポイントは、「使いやすさ」や「慣れているから」という感覚に支配されず、本質的に業務に貢献しているかどうかで判断することだ。そして最も重要なのは、「大きな改革」から始めるのではなく、「一見、問題がなさそうなところ」から変えるという戦略的アプローチだ。
Excelの“便利”は本当に便利か? ―「慣れ」と「機能性」は別の話
中小企業の多くで、最も頻繁に使われているExcelファイルは「見積書」「請求書」「発注書」「台帳」などの定型業務だ。多くの担当者は「これで十分」「今のままで困っていない」と感じているが、本当にそうだろうか?
例えば見積書。
- 顧客ごとの履歴を検索できない
- 同じ案件名のファイルがフォルダに山のように存在する
- 過去の価格や納品条件が瞬時に出てこない
- 再発行のたびにフォルダを探し、上書きしてしまう
これは果たして“便利”と呼べる状態だろうか?
慣れている=使いやすいという思い込みが、実は“無駄な探し物”や“手戻り作業”を日常的に生んでいる可能性がある。
まずは、この“慣れているけど不便な業務”にスポットを当て、あえてそこを変えることで、「便利さとは何か?」を実感として再定義することが重要だ。
あえて「不満のないExcel」を変えてみる ― 意義と効果を“体感”する
Excel脱却を進める上で、最も避けるべきは「不満があるから変える」という“対処療法的”なアプローチだ。それでは現場は「やらされ感」でしか動かない。むしろ、
「今はこれでいい」とされている領域こそが、最も変革のインパクトが大きい。
たとえば見積書作成をkintoneや楽楽販売などのクラウドDBで運用すると:
- 顧客ごとの履歴が一発検索できる
- 過去の単価や条件がすぐに再利用できる
- 再発行はワンクリック
- 上書きミスや紛失リスクがゼロ
こうした “副次的な便利さ” を経験すると、「Excelじゃなくてもいいんだ」「むしろこっちのほうが圧倒的に楽だ」と肌感覚で理解できる。
この「実感こそが最大の推進力」であり、組織のマインドセットを変えるきっかけになる。
「移行すべきExcel」の判断基準を明文化する
どのExcelを残し、どれを変えるべきかは以下の観点で判断できる:
判断項目 | 目安 | コメント |
同時編集の必要性 | 3人以上 | 複数人で同時に更新する場合、クラウド型へ移行すべき |
更新頻度 | 1日1回以上 | 頻繁な変更があるなら履歴管理やバージョン管理が必要 |
参照範囲 | 複数部署 | 情報共有性が求められるならファイル形式は不向き |
再利用性 | 過去データを使い回す | 一覧性・検索性・テンプレート化がカギ |
承認・証跡 | 必須 | ワークフローやログ管理が可能なシステムが必要 |
感覚ではなく、業務要件で判断することで、説得力のある移行計画を立てられる。
スモールスタートのための5ステップ ― 面倒を“成果”に変えるプロセス
Excel脱却は“重い改革”ではない。以下のようなステップで、1つずつ試行錯誤しながら進めていくことが肝要だ。
特に初期の「モデル選定の精度」が成否を分ける。
「手間がかかってる業務」ではなく、「不便を感じていないけど実は無駄が多い業務」を選ぶことが重要だ。
人と文化への配慮は“戦略”である
Excel脱却の最大の壁は“人と文化”だ。
- 「新しいツールに抵抗感がある」
- 「慣れたやり方を変えたくない」
- 「ITに強くないから不安」
これらは全て“心理的な壁”であり、合理性だけでは動かない。
Excel脱却は“業務改善”ではなく、“文化改革”でもある。
だからこそ、小さな体感を広げ、現場が「やらされる」のではなく「やりたくなる」ように設計することが成功の鍵になる。
まとめ:Excelは“使ってはいけないもの”ではなく、役割を再定義することが大事
Excelは、長らく中小企業の業務を支えてきた「頼れる味方」だった。しかし、時代の変化と共に、万能ツールから“限界が見える道具”に変わりつつある。完全な排除ではなく、使いどころを見極め、卒業すべき領域を見定めることが求められる。
ツールの話に終始せず、業務フローと人材・文化を含めた全体最適が必要だ。中小企業にとっては、Excel脱却=IT化・DX推進の第一歩であり、成功の鍵は「専門家と二人三脚で進める」ことである(参考:「IT顧問のススメ」より)。Excelを見直すことは、単なる業務改善ではなく、組織の未来を見据えた経営判断なのだ。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
また、お会いしましょ。