中小企業で頻発する「インターネットが遅い」という問題。Wi-Fiルータを買い替え、回線を増設したのに思ったほど改善しない…。その原因は、導入前の測定や設計をせずにハードウェアだけに頼った場当たり的な対応にある。本稿では、通信速度改善のための正しいステップ、失敗を回避するための思考法、そしてベンダーに任せきりにしないための行動指針をわかりやすく解説する。IT初心者の中小企業経営者向けに、現実的な通信インフラ改善策を提案する。
通信速度が遅い理由は“感覚”ではわからない【中小企業/IT初心者向け】
「なんとなく遅い」という曖昧な感覚で通信トラブルを判断していないだろうか?通信速度は複数の要因で構成されるため、定量的な測定なしでは原因の特定はできない。ここでは、まず何を測定すべきかを明確にしよう。
まずは「遅い」の正体を測定することから始めよ
「遅い」という状態には、帯域不足、遅延(レイテンシ)、ジッタ、パケット損失など多くの技術的要因がある。例えばZoomの音声が途切れるのは「ジッタ」、資料共有がもたつくのは「帯域不足」か「パケット損失」が原因のことが多い。speedtest-cliやpingコマンドで数値を取得しない限り、これらは感覚で判断できるものではない。主観的なストレスを数値で可視化することが、的確な改善への第一歩だ。
回線追加や機器更新は「設計」がなければ意味がない
通信環境の改善を目的に回線を増やす、ルータを交換する…。これはよくある対処だが、ルーティングの設定やQoS(トラフィック制御)が設計されていなければ、効果が出ないのは当然である。たとえば、追加回線に会議用トラフィックを自動で振り分けるポリシーがなければ、旧来の回線を使い続けてしまい、速度改善が見られないのだ。ハードの投入は「設計とセット」でなければ単なる出費に終わる。
改善効果は指標のBefore/Afterで測定せよ
「新しい機器に変えたから良くなったはずだ」という正常化バイアスに陥ってはいけない。重要なのは導入前に数値を取得し、導入後に同じ方法で再計測することだ。たとえば「Ping応答時間が100msから35msに減った」「Speedtestでダウンロード速度が150Mbpsから350Mbpsになった」といった変化があって初めて改善と言える。定量化なきIT投資は博打に近い。

改善アプローチは“仮説検証”の思考で進める【ITインフラ設計/リスク管理】
IT環境の整備は「投資」ではなく「設計と検証」の積み上げである。失敗を防ぐには、測定結果をもとに仮説を立て、それを段階的に検証するプロセスが不可欠だ。
現状を可視化してボトルネックを特定する
通信速度が遅い原因を仮説化するには、現状のベースラインを把握する必要がある。拠点ごとの24時間スピードテストログ、ルータのCPU使用率、APの電波強度ヒートマップなどが役立つ。NetFlowやSNMPといったトラフィック可視化ツールの活用も有効だ。数日間にわたる自動測定データから、帯域消費が多い業務や混雑時間帯を可視化すれば、ボトルネックの仮説が立てられる。
複数の改善案をパターン化して評価する
改善策は1つではない。「設定最適化」「回線分離」「SD-WAN導入」など投資規模と技術レベルで複数案を比較検討すべきである。小さな投資で成果が出るなら、それが最も効率的。段階的な導入(PoC)でSLO(サービス品質目標)を満たすか評価し、効果を数値で確認したうえで全社展開すればムダがない。選択肢の幅があってこそ、導入の納得感も得られる。

導入後も監視と検証で“運用フェーズ”を整える
「導入して終わり」ではなく、「導入後にどう使いこなすか」が重要だ。月次での自動監視としきい値超過時のアラート設計、導入効果のレポート化によるレビューを実施しよう。新拠点追加や利用アプリの変更に応じて再設計を柔軟に行う体制を整備しておけば、通信インフラの品質を安定的に維持できる。
ITベンダーに任せきりにしないための心構え【経営者向け/IT投資の視点】
「ITはよくわからないのでベンダーに任せた」という姿勢が、無駄な投資の温床となっている。経営者自身が最低限の理解を持ち、数値目標をもって対話することで、初めて適切な選定と導入が可能となる。
数値でゴールを示すことで対話が成立する
「速くしてほしい」ではなく「Pingが20ms以下」「帯域300Mbps以上」など、数値でゴールを提示すれば、ベンダーもそれに沿った設計・提案を行いやすくなる。これが契約条件にもなる。感覚的な要望では、ベンダーの営業トークに引き込まれるだけで終わってしまう。目的が明確であれば、手段も合理的に選べる。

IT製品選定にはセカンドオピニオンを
一社の提案だけを鵜呑みにするのではなく、セカンドオピニオンとしてIT顧問や第三者専門家の意見を聞くことが重要だ。提案の内容を評価し、導入前に別視点でのリスクや費用対効果を検証することが可能となる。これにより、売りたいモノを売る営業トークに左右されずに、本当に必要な投資を選定できる。
「やったから良かった」と思い込まない訓練
人間は「入れた機器は効果があった」と思いたい生き物だ。だが、その気持ちは時に冷静な評価を妨げる。正常化バイアスや認知的不協和に陥らず、定量的な「導入前後比較」「KPI評価」で判断する習慣をつけよう。IT投資においては“やったから成功”ではなく、“測って効果があったか”が重要である。
まとめ:中小企業に求められるIT投資の視点とは
「ルータを買い替えた」「回線を増やした」それ自体は解決策ではない。根本的な改善には、測定・設計・仮説検証・導入・検証というプロセスが必要不可欠だ。ITベンダーに全てを任せるのではなく、自社の課題と改善目標を“数値”で定めたうえで、複数案を比較検討し、段階的に導入する。経営判断としてのIT投資は、効果が見える形で実施されるべきだ。そのためにも、ITアドバイザーの活用やセカンドオピニオンという「IT専門家との協業」が、最終的に失敗しないための鍵になる。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
また、お会いしましょ。