データが突然消失した場合、どのような影響が生じるか考えたことはありますか?データの損失は、売上の減少、顧客信頼の失墜、法的リスクなど、企業にとって致命的なダメージを引き起こす可能性がある。大企業は十分なITリソースを持っているため、バックアップやデータ復旧計画(Disaster Recovery Plan:DRP)に対する対策が整っていることが一般的だ。しかし、中小企業ではリソース不足やコストの制約から、こうした準備が不十分なことが多いのが現状だろう。
本記事では、中小企業経営者がバックアップの重要性を再認識し、効果的なデータ復旧計画を立案・テストするための具体的な方法を紹介する。特に、バックアップの実装がなぜビジネスの存続に直結するのか、わかりやすく解説する
データ消失がもたらす中小企業への影響
事例:データ消失がビジネスに与える打撃
ある中小企業が、突然のサイバー攻撃により顧客データを失った事例を考えてみる。この企業は取引先情報、顧客の連絡先、過去の注文履歴などを失ったことで、営業活動がストップした。復旧には数週間かかり、その間に顧客は競合他社へ流れてしまった。最終的には、このデータ損失が原因で売上が30%減少し、結果的に従業員のリストラを余儀なくされた。
データ損失による法的リスク
データ損失はビジネス面の打撃だけでなく、法的なリスクも引き起こす。顧客データの紛失により個人情報保護法に抵触する可能性があり、罰金や訴訟のリスクも高まる。特に、中小企業はこれらの法的コストを負担することが難しく、企業経営そのものが危機に直面する可能性がある。
なぜバックアップが重要か?中小企業特有の課題
中小企業が抱えるリソース不足の現実
中小企業では、ITに割けるリソースが限られているため、サーバー管理やバックアップシステムの導入が後回しにされがちだ。しかし、万が一のデータ消失に備えるためには、むしろ大企業以上に慎重な計画が必要だろう。適切なバックアップシステムは、コストを抑えつつ、ビジネスの安定性を確保するための重要な投資となる。
サイバー攻撃の標的としての中小企業
近年、中小企業がサイバー攻撃の標的となるケースが増加傾向にある。大企業は高度なセキュリティ対策を導入しているため、攻撃者はよりセキュリティが脆弱な中小企業に目を向けるのだ。サイバー攻撃の際にバックアップがない場合、データは永久に失われる可能性があると認識すべきだ。
データ復旧計画(DRP)の重要性
DRPとは?:データ損失時にビジネスを守る計画
DRP(Disaster Recovery Plan)とは、データ損失やシステム障害が発生した際に、迅速にビジネスを復旧させるための計画のことを言う。DRPの主要な目的は、企業が持続的に業務を行うために必要なシステムやデータを迅速に復旧し、ダウンタイムを最小限に抑えることだ。
DRPの構成要素
効果的なDRPには、以下の要素が含まれる。

効果的なバックアップ戦略の導入方法
オンサイトとオフサイトのバックアップを組み合わせる
バックアップはオンサイト(社内)とオフサイト(クラウド)を組み合わせることで、より効果的にデータを保護することができる。オンサイトではデータに迅速にアクセスできる利点があり、オフサイトは災害や物理的な破損からデータを守る。
クラウドバックアップのメリット
クラウドバックアップは、特に中小企業にとってコスト効率の良い選択肢となる。サーバー管理や大規模なハードウェア投資が不要で、必要な分だけのストレージを利用できる。例えば、GoogleDriveやDropbox、Microsoft OneDriveなど、既存のクラウドサービスでも安価にデータ保護を行うことが可能だ。
バックアップの自動化
バックアップを手動で行うと、ヒューマンエラーや怠慢によってバックアップが行われないリスクがある。したがって、自動バックアップシステムを導入することが重要であり、バックアップを機能するには必要条件だ。自動化することで、企業はバックアップのし忘れを防ぎ、確実に最新データを保護できる体制となる。
ランサムウェア対策としてのバックアップの現実的なアプローチ
ランサムウェアは中小企業にとって深刻な脅威となっており、システムやセキュリティツールを使っても完全に防ぐことには限界がある。例えば、ある企業でランサムウェア攻撃により全てのデータが暗号化されてしまい、システムが全く使えなくなったと想定しよう。この企業は、多額の身代金を要求されることになった。だが、幸いにもバックアップシステムを導入していたため、暗号化されたデータを捨て、バックアップデータから短期間で業務を再開することができた。
ランサムウェアに対してはデータが暗号化されてしまうリスクをゼロにすることは難しいため、最も現実的かつ効果的な対策は、定期的なバックアップを行うことです。要は、不正アクセスからデータを守ろうとするのではなく、不正にアクセスされたデータは捨ててしまって、別のデータ(バックアップデータ)で業務を継続するという視点で管理体制を構築した方が現実的であろうということだ。高度なセキュリティソフトや複雑なツールを導入することも一つの選択肢だが、コストや運用面での負担を考えると、安価でシンプルなバックアップ体制を構築する方が遥かに効率的であり、確実に業務を復旧できる方法となる。
バックアップが確実に機能している限り、ランサムウェアに遭遇してもデータ損失の心配をすることはない。このため、バックアップ体制の強化がランサムウェア対策として最も安心できるアプローチであると言える。

バックアップデータがランサムウェアにやられていたら…?
ランサムウェアや不正プログラムが含まれたデータをそのままクラウドにバックアップしてしまうリスクは存在する。もし、バックアップデータにウイルスやワームが含まれている場合、リストア(復元)後も再び不正プログラムが作動し、データが再度暗号化される危険性があるため、単純なバックアップだけでは不十分なことがある。この問題を防ぐためには、いくつかの対策が必要です。
バックアップの多世代保持(バージョニング)
クラウドバックアップサービスの多くでは、「多世代保持(バージョニング)」と呼ばれる機能を提供しています。これは、同じファイルやデータの異なるバージョンを複数保存する仕組みで、ランサムウェアや不正プログラムが発生する前の状態のデータを復元できるようにするものだ。
ランサムウェアに感染した最新のバックアップデータではなく、その前の健全な状態のデータを選択して復元することで、感染を回避することができる。
定期的なマルウェアスキャン
バックアップを実行する前に、サーバやシステムのデータに対して定期的なマルウェアスキャンを実施することも重要だ。これにより、ランサムウェアや不正プログラムがバックアップに含まれるのを防ぐことができる。多くのセキュリティソフトには、リアルタイムでシステムを監視し、バックアップ前に感染を検出する機能がある。
具体的な対策として
・エンドポイントのセキュリティ対策:サーバや各端末にセキュリティソフトを導入し、ランサムウェアや不正プログラムの侵入をリアルタイムで検知し、バックアップ前に排除する。
・クラウドサービス側のウイルスチェック機能:一部のクラウドバックアップサービスでは、バックアップデータがクラウドにアップロードされる前にウイルスチェックを実施する機能がある。これを活用することで、不正プログラムを含んだデータがバックアップされるリスクを減らすことできる。
復旧後の検証
バックアップデータをリストアする際にも、復旧後のデータやシステムが感染していないか徹底的に検証することが必要です。復元直後にマルウェアスキャンを実施するなど、慎重に安全性を確認した上で業務再開することで、再感染のリスクを最小限に抑えられる。
ランサムウェアや不正プログラムが含まれるデータをバックアップしてしまうリスクは確かに存在するが、どこまでのリスクを想定し、どこまで対策を講じておくかはリソースを含めた運用体制とのバランスで考えなければならない。自社のバックアップシステムの中で、起こり得る可能性が高いリスクについては対策をしておくべきと考えるが、あれも。。これも。。では、キリがないので何重にも計算されたシステムにするよりは、バックアップシステムそのものへの運用負担を最小に抑え、かつ効率的に稼働させる手段を選択すべきだろう。
バックアップとデータのコピーって何が違うの?
バックアップとコピーの違い:単なる複製では不十分
多くの方が、データの「コピー」を作成することとバックアップの違いを正しく認識していないようだ。コピーとバックアップは似て非なるものだ。この違いを理解することは、企業のデータ保護にとって非常に重要である。
まず、データのコピーはその瞬間の状態を「そのまま複製する行為」に過ぎない。コピーは、例えばUSBメモリや外付けハードドライブにファイルを保存することと同じで、単一のデータを他の場所に移動したり、同じ状態で保存しているだけだ。しかし、この方法には重大な問題がある。たとえば、以下のようなリスクが残る。
データの改ざんや感染の可能性
コピー元のデータがウイルスやランサムウェアに感染していた場合、そのままコピーされるため、復元後も再び感染が発生するリスクがある。
世代管理の欠如
コピーは通常、最新の状態のみを保持します。そのため、過去の状態に戻すことができず、誤ってデータを削除した場合や、ファイルが破損した場合には過去に戻る手段がない。
バックアップはデータ保護のための包括的なプロセス
バックアップは、以下の点でコピーとは異なる。
多世代保存
バックアップは、データの複数の世代を保存します。これにより、データが破損したり、ランサムウェアに感染した場合でも、過去の健全な状態に遡って復元することが可能となる。
自動化と定期性
バックアップシステムは、定期的にデータを自動保存する仕組みを備えており、手動の操作を必要としない。これにより、重要なデータが常に最新の状態で安全に保存され、ヒューマンエラーのリスクを大幅に軽減する。
セキュリティ対策
バックアップデータは、通常、ウイルススキャンや不正アクセス防止機能を備えており、データの完全性と安全性を確保する。また、不変性(Immutable)機能を利用すれば、バックアップデータがランサムウェアに改ざんされることを防ぐことが可能だ。
この違いを考慮すると、単なるコピーでは不十分であり、データが破損したりランサムウェアに感染した場合のリスクを適切に管理するためには、包括的なバックアップシステムを導入することが不可欠であることがご理解いただけたと思う。特に、中小企業ではリソースが限られているため、適切なバックアップ戦略がビジネス継続のカギを握っている。コピーに頼るのではなく、正しいバックアップシステムを導入することで、データの消失リスクを効果的に回避し、ビジネスの安定性を確保することができるだろう。
データ復旧計画(DRP)のテストと継続的改善
なぜDRPのテストが必要か?
どれほど優れたDRPを立案しても、実際に機能するかどうかはテストを行わなければ分からない。初めてバックアップからの復旧を試みた際、いくつかの重要なファイルが正しく復元されないという問題が発生することは少なくないのだ。定期的なテストによって、こうした問題を事前に発見し、修正することが可能となる。
テストの実施方法

中小企業に最適なコスト効率の良いバックアップソリューション
無料または低コストで導入可能なツールの紹介
中小企業が無理なく導入できる無料または低コストのバックアップツールを活用することも有効だ。例えば、以下のようなツールが挙げられる。
いきなりツールを導入するのではなく、運用体制を構築し機能することが確認できてから改めてツールの選定をした方が無駄な投資とならないであろう。試運転を経て本番環境へ移行するという手順は時間はかかるかもしれないが、後退することなく着実に対策を前進させるためには大事な考え方である。
【参考】高機能バックアップシステム
うちは中小企業だがセキュリティ対策には、コストをあまり気にしないという方がいらっしゃるかもしれないので、参考情報として高機能バックアップシステムについても紹介する。機能概要は言及できるが、費用面については回答できる立場ではないため、費用を知りたい方は各ベンダーまたは販売店へ問い合わせをしていただきたい。
バラクーダ(Barracuda Backup)
バラクーダのバックアップシステムは、不正プログラムが稼働できない仕組みや、ランサムウェアに対する高度な防御機能を備えている。
・データの改ざん防止:データの改ざんを防ぐため、保存されたデータは読み取り専用(immutable)として保護される。これにより、ランサムウェアがバックアップデータにアクセスしても、バックアップデータ自体を変更することができない。
・多層防御:データのバックアップとともに、メールフィルタリング、ウェブセキュリティ、アーカイブなどの複数のセキュリティレイヤーを提供する。これにより、ランサムウェアの侵入を阻止するだけでなく、万が一の感染時にも迅速に復旧できる。
・クラウドおよびオンプレミス対応:クラウドバックアップとオンプレミスのハイブリッド対応が可能で、エアギャップ(物理的にネットワークから隔離)によるオフラインバックアップも設定でき、さらに安全性が高まるような体系で提供されている。
Veeam Backup & Replication
Veeamはエンタープライズ向けのバックアップソリューションで、ランサムウェア対策に特化した機能を多数備えている。
・不変性(Immutable)バックアップ:バックアップデータを不変にする機能を提供し、データが一度バックアップされると、ランサムウェアや悪意のある攻撃によって改ざんされることがない。特に、クラウドストレージにおいては、この「不変性」は非常に強力である。
・自動復元検証:バックアップデータの復元が正しく行われるかを自動的にテストする機能を提供する。これにより、バックアップが汚染されていないかを事前に確認でき、健全なデータを確実にリストアすることが可能。
・多段階の復旧プロセス:単一のファイルやアプリケーションから完全なシステム全体まで、さまざまな復旧オプションを提供しており、感染した部分だけを除去してシステム全体を守ることができる。
Rubrik
Rubrikは、エンタープライズ向けのデータ保護ソリューションで、ランサムウェアからの防御に特化した強力な機能を有する。
・ZeroTrustアーキテクチャ:「ゼロトラスト」モデルを採用しており、アクセスを厳格に制御することで、バックアップシステムがランサムウェアや不正プログラムからの攻撃を受ける可能性を大幅に減少させる。
・Immutableバックアップ:バックアップデータは変更不可能な形式で保存され、ランサムウェアがデータにアクセスした場合でも、それを暗号化したり変更したりすることはできない。バックアップデータが安全に保持され、いつでも健全な状態で復元可能。
・ランサムウェア検知機能:異常なデータ変更を自動的に検出し、ランサムウェアによる攻撃をリアルタイムで察知する。攻撃が発生した場合、即座に警告を出し、感染したデータを特定して隔離することが可能。
Cohesity
Cohesityは、次世代のデータ管理プラットフォームとして、特にランサムウェア防止に強みを持っている。
・バックアップデータの不変性:Immutableバックアップを採用しており、ランサムウェアによってバックアップデータが変更されないように保護する。
・機械学習を活用した異常検知:バックアップ中に機械学習を利用して異常な動きを検知し、ランサムウェアの兆候を素早くキャッチする。この技術により、感染したデータを早期に特定して対策を取ることができる。
・インスタントマウントによる迅速な復旧:ランサムウェア攻撃後のシステム復旧において、「インスタントマウント」機能を提供し、バックアップデータを即座に仮想マシンとしてマウントし、業務を再開することができる。
Dell EMC PowerProtect Cyber Recovery
Dell EMC PowerProtectは、特にランサムウェア攻撃からの回復に特化した機能を提供している。
・サイバーリカバリーバンク:「Cyber Recovery Vault」という特別な保護エリアを持ち、ここにバックアップデータを隔離する。このバンクは、通常のネットワークから物理的に隔離されており、ランサムウェアの攻撃からデータを完全に守る。
・隔離されたリカバリテスト環境:サイバーリカバリーバンクに保存されたデータは、通常のシステムとは完全に隔離されているため、安全にデータの復元やテストが行える。これにより、ランサムウェア攻撃後でも、クリーンなデータを迅速に復元できる環境が確保される。
コストを気にしないランサムウェア対策のバックアップシステムとしては、Immutable(不変性)バックアップや、多層のセキュリティ対策を備えたソリューションが特に効果的だ。バラクーダのような高度なシステムや、Veeam、Rubrik、Cohesity、Dell EMCのソリューションは、不正プログラムやランサムウェアに対して強力な防御策を提供し、攻撃後の迅速な復旧を可能とする。これらは中小企業向けではないかもしれないが、安価なツールよりも安心して使用できるシステムとして参考にしていただければと思う。
まとめ:今すぐできる第一歩
データ消失は中小企業にとって致命的なリスクだ。しかし、適切なバックアップとデータ復旧計画(DRP)を整備することで、そのリスクを大幅に低減し、ビジネスを継続することが可能になる。特に中小企業は、大企業と同じ対策を取れない分、シンプルでコスト効率の良い方法を選び、確実に運用できる体制を構築することが求められる。定期的なテストと改善を行い、万が一の際にも迅速に復旧できる準備を整えておくことが、将来の成功を保証する最良の手段と言えるだろう。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
また、お会いしましょ。