サイバーセキュリティの世界では、日々新しい攻撃手法や防御ツールが登場し、「技術の進化」が注目されがちだ。しかし、時代が変わってもセキュリティ事故の根本原因は変わっていない。中小企業の経営者が見落としがちなのは、被害の多くが“人の行動パターン”に起因するという事実である。クラウドセキュリティやITセキュリティが進化しても、パスワードの使い回しや設定ミスといった「古くて新しいミス」が依然として多発しているのが現実だ。本稿では、歴史を紐解きながら、サイバー攻撃の進化に隠れた「変わらない失敗の本質」を中小企業経営者の視点から明らかにしていく。
失敗原因は昔から同じ
「技術が古かったから」ではない。昔も今も“やらかす場所”は変わっていない。
パスワードの弱さ(使い回し・簡易化)
1980年代、社員の誕生日や「123456」といった簡単なパスワードを使っていた企業は、早期のハッキング被害に遭っていた。ところが今なお、パスワードに「社名+数字」「苗字+誕生日」を使っているケースは後を絶たない。これは単なるズボラではなく、人間の記憶力に依存した結果だ。便利さを求める心理がセキュリティを脆弱にする。このパターンは40年前と何ら変わっていない。にもかかわらず「まさかうちが…」という油断が今日も被害を生む。
アップデート後回し(“今は困る”の人間心理)
「アップデートは後でやろう」――これはPC時代の黎明期から見られる行動である。アップデートには再起動が伴い、作業の中断を強いられる。それがたとえ5分でも、「今は無理だ」「また今度にしよう」と先延ばしされる。2020年代にはこれがIoT機器やVPN装置にも波及し、大規模なサイバー攻撃の足がかりとなっている。最新の技術が古い心理に足を引っ張られているという皮肉な構図だ。
運用の“人間くささ”が事故を生む
セキュリティ事故の多くは“設定ミス”という、極めて人間的なミスから始まる。
設定ミスは今も昔も最大原因
90年代、ファイアウォールの初期設定をミスした企業が、インターネットにまるごと内部ネットワークを公開していた事例がある。今ではその対象がクラウド環境になっただけで、ミスの内容はほとんど同じだ。設定画面を見て「たぶんこれでいいだろう」と進める行動は変わっていない。手順書を読まずにクリックしてしまう。これが、最もリアルで危険なセキュリティリスクなのだ。
属人化・引き継ぎ不足という永遠のテーマ
システム管理者が退職し、パスワードや設定情報が不明。ログインできない、設定変更ができない――この状況は今も昔も変わっていない。「あの人がやっていたから…」という属人化によるリスクは、企業文化に根深く残っている。引き継ぎ文書がない、手順が曖昧、という事態が業務停止やセキュリティ事故を引き起こす。ITの進化はあっても、人の行動が追いついていない。
油断と過信の歴史
「うちは大丈夫」と思った瞬間が、最も危ない。
「ウチは関係ない」という誤った安心感
中小企業は「大企業が狙われるもの」と思い込んでいる。しかし、攻撃者は“入りやすいところ”を狙う。ガードの甘い中小企業が「入り口」になって、サプライチェーン全体に被害が広がるのはもはや常識だ。「うちは重要な情報なんかない」と語る経営者は多いが、攻撃者の目的は情報そのものではなく、「侵入口」なのである。
「機械が守ってくれる」という過度な信頼
セキュリティ製品を導入したから大丈夫――これは幻想だ。ツールはあくまで道具であり、正しく使わなければ意味がない。自動車もハンドルを握る人がミスすれば事故を起こす。同じように、どんなに高性能なITツールも、扱う人が無防備であれば無力である。人任せ、機械任せの姿勢が、被害の温床となっている。
なぜ人は同じミスを繰り返すのか?
合理的ではなく、人間的であるがゆえに繰り返される。
不便は後回しになるという人間特性
アップデートや設定確認は手間がかかる。業務を止めてまでやりたくない。そう考えるのが普通の人間である。だが、それが**「今じゃなくてもいい」という判断につながり、放置される**。問題が起こってから慌てるというのは、あらゆる時代のあらゆる現場で繰り返されてきた。セキュリティは、“不便を受け入れる勇気”がなければ機能しない。
聞いたことのある対策に飛びつく“イメージ判断”
「VPNを導入すれば安全」「AIで守ってくれる」といったキャッチーな対策に飛びつきがちだが、それはあくまで表面上の“安心感”に過ぎない。本当に効果的かどうかの検証や、自社の業務に合うかどうかの見極めが疎かになっている。イメージで判断し、根本原因に目を向けないというパターンもまた、昔から続く典型的なミスである。
現代は“昔のミスが高速で攻撃される時代”
同じミスが、より迅速に、より広範囲に攻撃される。
クラウド・SaaSで管理対象が爆増
オンプレミス(社内設置型)の時代には一部の機器だけで済んだ管理が、クラウド・SaaSの登場で一気に複雑化した。アカウント、権限、連携アプリなど、管理しなければならない項目は何倍にも増えた。設定ミスひとつが大規模な情報漏洩につながる。それでも管理の手法は「昔のまま」であるケースが多く、リスクの規模だけが跳ね上がっている。
AI・自動化攻撃で弱点発見が即時化
かつては数週間かけて調査された脆弱性が、今やAIによって自動で数分以内に見つけられる時代だ。人間が「あとで対応しよう」と思っている間に、攻撃者はすでに侵入している。もはや「時間稼ぎ」は通用しない。従来の感覚では対応できない速度で、昔と同じミスが突かれてしまう。
まとめ:変わらないのは“技術”ではなく“人の行動パターン”
セキュリティ事故の原因は、高度な技術ではない。むしろ、「昔から何度も繰り返されてきた人間の判断ミス」によるものだ。パスワードの甘さ、設定の放置、属人化、そして「うちは大丈夫」という油断。これらの“人間らしい”行動こそが、攻撃者にとって最大のチャンスとなっている。
今後、中小企業が本質的なセキュリティ対策を講じるには、まず“人”の行動を見直す必要がある。必要なのは、高価なツールではなく、経営者自身の意識改革と、適切な運用を支援するITの専門家の伴走である。『IT顧問のススメ』でも指摘したように、ツールを買う前に“自社の状態”を見極め、人的ミスの再発を防ぐ運用体制を整えることが、最大のリスク管理につながる。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
また、お会いしましょ。








