「感情を抑えられる上司こそ優秀」…そう信じている経営者や管理職は多い。しかし現場では、感情を“抑えているつもり”の上司が、実は最も組織に悪影響を及ぼしているケースが少なくない。感情をコントロールする姿勢自体は美徳かもしれないが、それが「支配の心理」と結びつくと、部下の成長を妨げ、職場の信頼関係を崩壊させる。中小企業におけるマネジメントの現場では、ITや業務プロセスだけでなく、こうした「人間の心理構造」に対する理解が欠かせない。本稿では、感情とリーダーシップの本質に迫り、「感情を理解し、伝え合う組織づくり」がいかに経営にとって重要かを解説する。
上司の「感情マネジメント」が、組織を静かに壊していく
「感情を抑えること」が組織に悪影響を与える構造を理解する必要がある。
「気に入らない部下」への無視・情報遮断・態度の変化
一見冷静に見える上司が、実は特定の部下に対して態度を変える。無視する。話しかけない。雑談の輪に入れない。こうした「静かな制裁」は、職場の空気を濁らせる。しかもこれを本人は“感情を出していない”と思い込んでいるケースが多い。だが、部下にとってはその態度の変化こそが「感情」の表出である。情報遮断や態度変化は、明確な言語による指導よりもはるかに破壊力がある。
指示を出さない、話しかけない――それは“指導”ではなく“制裁”
「何も言わない」という選択を、“指導の一環”だと捉えている上司は少なくない。「自分で気づけ」という意図かもしれないが、それは教育ではなく一種の“制裁”だ。指示がなくなる。進捗確認もなくなる。相談しても反応が鈍い…これは部下にとって、非常に強い心理的プレッシャーとなる。部下が萎縮し、ミスを恐れて動けなくなることで、組織全体の生産性は確実に低下していく。

部下側の心理:「なにが悪いのかわからない」「合わせるしかない」
部下にとって最も苦しいのは、「なぜ無視されているのかがわからない」状態である。原因不明の扱いに、ただ「機嫌を取る」以外の選択肢がなくなると、組織は上司の顔色を見る文化に染まり始める。これは“感情を抑えているつもり”の上司が、自身の不満や不快感を言語化できないまま、部下に態度で圧をかけている典型だ。
「気づけよ」という無言の圧力は、教育ではない
「察する力」や「空気を読む」ことを美徳とする文化の危うさを再認識する。
無視や冷遇を“教育”と勘違いする上司の心理
上司が部下に冷たく接する背景には、「自分のやり方が正しい」という強い信念があることが多い。さらに「自分が若いころに苦労してきたから、お前も耐えろ」といった昭和的思考も根強い。こうした意識は、“自分を乗り越えろ”という気持ちからくるようで、実態は「俺のやり方に従え」という支配願望である。
感情を抑えようとする上司ほど、爆発のタイミングを見誤る
「感情を出さないように」と我慢を続けた結果、ある日突然、激しく怒鳴る。物に当たる。感情が爆発する。これは、感情をマネジメントできているのではなく、感情を“抑圧”した結果にすぎない。本当のマネジメントとは、感情の存在を認め、それを冷静に整理しながら相手に伝える力である。
「冷静に見える上司」が、実は最も感情的で危ういこともある
冷静さを装い、言葉少なく「感情を出さない」上司ほど、実は非常に感情的である場合がある。怒鳴ったり泣いたりしないから感情的ではない、というのは大きな誤解だ。態度や空気で圧をかける行為そのものが「感情の支配」であり、それが部下を精神的に追い詰める原因になっている。

支配欲の裏にある「孤独」と「承認されたい心」
支配の心理は、上司自身の「満たされなさ」から生まれていることが多い。
経営者や上司ほど、実は“誰にも理解されない孤独”を抱えている
経営者や管理職は、孤独だ。意思決定の重圧、結果責任、従業員の生活…。表には出さなくても、心の中では「誰にも本当の自分はわかってもらえない」と感じている。そんな想いが強くなると、「自分のやり方に従わせたい」という欲求が芽生える。
「誰もわかってくれない」という思い込みが支配欲に変わる
「わかってもらえない」孤独感が限界を超えると、それは“強制”という形で表れる。「敬え」「認めろ」「従え」…それらはすべて、承認されたいという心の裏返しだ。承認されることなく積もった感情は、やがて「支配」へと変質していく。

真のリーダーシップは、感情を押し殺すことではなく「対話で伝えること」
感情を見せることは、弱さではない。むしろ誠実さである。感情を持ちながらも、それを整理し、対話によって伝える。これこそがリーダーシップであり、信頼を生むマネジメントである。
経営者・管理職が持つべき「感情の自己統制」
“感情を抑える”ではなく“感情を扱える”ことが、成熟した上司の証である。
「叱る」「注意する」「怒る」を区別できる人が成熟した上司
「怒る」と「叱る」は違う。「怒る」は感情の発露、「叱る」は相手の成長を意図した行為である。冷静に言っているつもりでも、自分の安心や優位性のために伝えているなら、それは“怒り”に分類される。
感情を整理する3ステップ
- 「何に反応したのか」を言語化する
→ 部下の言葉、行動、表情の何に引っかかったのか?を明確にする
- 「それは事実か、感情か」を切り分ける
→ 実際に起きた出来事と、自分の感じたことを区別する
- 「伝える目的は相手の成長か、自分の安心か」を問う
→ その言葉が「教えようとしている」のか「怒りたいだけ」なのかを自問する
「上司の機嫌」をマネジメントする組織は伸びない
上司の感情が職場の空気を支配すると、優秀な人材からいなくなる。
忖度文化が定着すると「考える人」がいなくなる
誰もが上司の機嫌を伺う組織では、意見は出なくなる。「どう思いますか?」と問われても、「正解はどっちだろう」と考えるだけで、本音を言う人はいなくなる。これは、創造性も改革力も失われる非常に危険な兆候だ。
「イエスマン」ばかりの職場では、問題が表に出てこない
問題が起きても、報告されない。予兆が見えても、黙っている。なぜなら「余計なことを言うな」と言わんばかりの空気が職場を支配しているからだ。こうした職場では、経営判断を誤るリスクが高まる。
経営者がやるべきは、“支配”ではなく“信頼のデザイン”
感情で人をコントロールするのではなく、信頼をベースに仕組みで動く組織を作るべきだ。信頼とは、言葉を尽くして説明し、誤解があればすぐに修正する対話の積み重ねでしか築けない。
まとめ ― 感情を抑えるより、感情を理解できる人が信頼される
経営者・管理職に求められるのは、感情を消すことではなく、扱える力だ。自分の感情に無自覚なまま“冷静”を演じる上司は、部下から最も信頼を失いやすい。感情を理解し、言語化し、対話に変えることが、リーダーとしての本質的な力である。感情を見せることは、弱さではなく“誠実さ”。理性と感情のバランスこそが、信頼される経営の土台である。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
また、お会いしましょ