メールにファイルを添付して送る。長年続いてきたこの習慣が、今大きく見直されている。情報漏洩や誤送信、マルウェア感染のリスク、さらには形式だけのセキュリティ対策「PPAP」の形骸化──どれも、これまで「当たり前」にやってきた運用の危うさを突きつけるものだ。とはいえ、全てをクラウド化すれば解決、という単純な話でもない。添付が合理的なケースもあれば、逆に人の判断やルールに頼る限り運用は破綻する。だからこそ中小企業は、「人ではなく仕組みで縛る」という視点で、実務と安全の折り合いを見極めるべきだ。本稿では、メール添付のリスクと現実的な代替策を、経営判断の観点から整理する。
なぜ「メール添付」が問題視されるのか
メール添付は今やセキュリティ上のリスクと見なされている。だが、なぜここまで問題視されるようになったのか。特に中小企業にとって“当たり前”となっていた運用の裏側にある、本質的な問題を整理する。
PPAPはなぜ廃止されたのか(パス付きZIP+別送メールの限界)
かつて多くの企業で用いられていたPPAP──パスワード付きZIPファイルをメールで送り、後から別のメールでパスワードを送信するという方法──は、実は本来想定された使い方とまるで違っていた。
この手法はもともと、「パスワードは別経路で通知する」ことが前提だった。電話やFAXなど、メールとは別の通信手段を使うことで、万が一メールが傍受されても解凍されないようにするのが狙いだった。しかし実際には、ほとんどの企業が“メールで2通に分けて送る”だけの運用にしてしまった。便利だから。手間がかからないから。その結果、セキュリティ対策としての意味はほぼ失われた。

むしろ、ZIPファイルを多用することでウイルスチェックをすり抜けやすくなり、攻撃手法として逆利用されるケースも増えた。廃止されて当然というより、すでに死んでいた運用だったのだ。
盗聴・誤送信・マルウェア感染 ― 実際に起きているリスク
メール添付のリスクは理論ではなく実際の被害として日々報告されている。メールアドレスのタイプミスによる誤送信は、見積書や個人情報といった機密がそのまま外部に漏れる原因となる。添付ファイルがマルウェアを含んでいれば、受信者が開いた瞬間に社内ネットワーク全体が感染することもある。
また、通信経路が暗号化されていない場合、添付ファイルは盗聴されるリスクもある。つまり、メール添付は安全でも確実でもないという現実を、今こそ経営者が正面から理解すべきなのだ。
便利さの裏にある「運用コストと心理的安心感」の錯覚
添付ファイルは確かに楽だ。送る方はワンクリックで済む。だが、受け取る側にとってはどうだろうか。パスワードを解凍して、中身を確認して、必要なら再保存して…実は手間がかかる。しかも、セキュリティ対策をしている“気になっている”だけで、実態が伴っていない。
これは単なる自己満足だ。そして、この“便利な自己満足”こそが、セキュリティ対策の最大の敵である。
代替手段の現状とその課題
では、メール添付の代わりに何を使えばよいのか。ここでは一般的な代替手段とその落とし穴を整理する。
オンラインストレージ(Box, OneDrive, Google Drive など)の利点とリスク
クラウドストレージは今や主流の選択肢だ。アクセス制限、履歴管理、期限付きリンクなど、安全かつ便利な機能がそろっている。だが、設定を誤れば「誰でもアクセス可能」という状態にもなりかねない。
現場の判断でリンク共有がされ、アクセス制限をつけ忘れると、知らぬ間に機密情報が社外に晒されていることすらある。便利な分、設定ミスや誤操作が致命傷になるのがクラウドの怖さだ。
ファイル転送サービス(ギガファイル便等)を業務で使うべきか?
ギガファイル便のような転送サービスは、大容量ファイルの一時的なやり取りには便利だ。だが、業務用途には不向きである。なぜなら、ダウンロード履歴が残らず、証跡が取れないからだ。
さらに、有効期限が過ぎて再送する手間が発生したり、相手が見落としてトラブルになることも多い。一時的な便利さの裏に、業務効率と信頼性の低下が潜んでいることを忘れてはいけない。
セキュリティツールや専用システム導入のコストと運用負担
専用のファイル共有システムは、確かに強固だ。しかし、導入にはコストがかかるし、なにより運用が難しい。IT人材がいない中小企業では、結局使いこなせずに放置されるパターンが多い。

つまり、ツールを導入すれば解決するわけではない。運用しきれないツールはむしろリスクだ。道具ではなく「仕組み」として機能するかがカギになる。
中小企業にとって現実的な「ファイルやり取りの3ステップ」
安全と業務効率のバランスを取るために、中小企業が取るべき現実的なアプローチは次の3つだ。
添付が適切なケースを見極める:実務の温度感がカギ
すべての添付ファイルが危険なわけではない。たとえば以下のようなケースなら、メール添付は理にかなっている。
この程度のファイルであれば、暗号化やZIP化といった対策が逆に手間となり、確認が遅れる原因になりかねない。要は、目的と文脈に応じて使い分ける判断が必要なのだ。
「仕組みで縛る」クラウド運用:操作ミスを許さない設定に
誤操作を前提とするなら、対策は1つしかない…そもそもミスできない設計にすることだ。
たとえば、クラウド共有を原則とし、「ダウンロード禁止」「特定ユーザーのみアクセス可」「リンクの期限設定」などを初期設定で固定してしまう。
人が考える余地を減らす。自由を奪う代わりに安全を確保する。これこそが中小企業にとって唯一現実的なセキュリティ対策である。
教育やルールではなく、「これしかできない」状態を作る
教育しても、ルールを定めても、人は間違える。ヒューマンエラーを前提とした設計でなければ、セキュリティは機能しない。だから、
こうした「制約」があることで、むしろ安心して仕事ができる環境になる。人の判断を信じてはいけない。それが実務での鉄則だ。
経営者が判断すべき「安全と効率のバランス」
最後に決めるのは、現場ではない。経営者自身である。セキュリティはコストではなく、「信用の資産」だという視点が求められる。
セキュリティはコストではなく信用資産
情報漏洩が起きれば、取引先の信頼は一瞬で失われる。防げたはずの事故で信用を失うことほど、経営にとって痛い損失はない。
セキュリティは経営判断である。それを「コスト」として見るのか、「リスク回避の投資」として捉えるかが、企業の命運を分ける。
取引先とのやり取りをどう標準化するか
自社だけが安全でも意味はない。取引先に対しても、安全なファイル共有の方針を示し、運用を標準化すべきだ。
「当社では添付を廃止し、クラウド共有に統一しています」と伝えることで、リスクを取引先に押しつけない誠実さも示せる。
ベンダー任せにせず「セカンドオピニオン(IT顧問)」を活用する
ツールを売るベンダーは導入ありきで話を進めがちだ。だが、中小企業に必要なのは「本当にそれが必要か」を見極める第三者の視点。
IT顧問のようなセカンドオピニオンがあれば、必要な支出と不要な投資の線引きができる。
まとめ:セキュリティは「人」ではなく「仕組み」で守る
メール添付を全面否定する必要はない。ただし、何でも添付で済ませようという運用は、もはや通用しない。
- 添付が適切な場面では合理的に使う
- 機密性が高い情報はクラウド+制限で守る
- ルールではなく“物理的に制御”する仕組みを持つ
中小企業にとっての正解は、「便利か安全か」ではなく、「どうすれば人が間違えずに済む仕組みにできるか」という視点だ。セキュリティ対策は信頼の土台であり、だからこそ経営課題なのである。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
また、お会いしましょ。