【経理の属人化はなぜ起きる?】〜「指示の型」と心理のケアで“納得のIT化”を実装する〜

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中小企業の経理業務がなかなかIT化されない──その背景には、単なるツール導入の問題ではなく、「属人化」と呼ばれる構造的な課題がある。引き継ぎができない、休めない、他の人が触れない。業務が“個人の頭の中”に閉じ込められている状態だ。なぜこうした属人化が生まれるのか?そして、それを解消しようとする時に、なぜ“反発”や“混乱”が起きるのか?本稿では、指示の出し方を起点としながら、組織の内側にある心理的な壁を紐解いていく。単なる効率化ではなく、「人が安心して働き続けられる環境づくり」としてのIT化を、現場に定着させるための実践的な視点を提示する。

  1. 属人化業務をIT化するとき、なぜ「指示の出し方」で成果が変わるのか?
    1. 「なぜ今までのやり方ではダメなのか?」を伝えることが第一歩
      1. 「私のやり方に問題があるの?」と感じる心理への理解
      2. 変革は「否定」ではなく「進化」であることを丁寧に言葉にする
      3. 目的は「効率化」ではなく「会社の安心・未来の安定」
  2. 誰でも実践できる!IT化を進める時の「指示の型」
    1. 指示の曖昧さが混乱を生み、属人化を助長する
      1. 指示は「約束」に近い形に落とし込む
      2. 5W2H+指示7点セットが指示の“完成形”
      3. 指示者の責任を前提とする
  3. なぜ心理的配慮が欠けると反発が起きるのか?
    1. 変化への反発の根っこには「自己否定された」と感じる心理がある
      1. 「自分しかできない」という感覚が支えになっている
      2. 変化は「仕組みを強くすること」であり「人を弱くすること」ではない
      3. 小さな“任せる”から始めると心理的ハードルは下がる
  4. 絶対に避けるべきNG指示とは?
    1. 曖昧な言葉は、指示ではなく“混乱の種”である
      1. 「とにかくやってみて」が投げかけるのは、“責任はそっち”という無意識のサイン
      2. 「前と同じようにやって」が伝えるのは、“変化を受け入れたくない”という管理者の本音
      3. 「できなかったら困る」が伝えるのは、“失敗は許されない”という心理的な壁
  5. 指示は「言葉」であり、「関係性」である
  6. 「言葉」は、意図ではなく“解釈”で意味を持つ
  7. なぜIT化は“定着しない”ことが多いのか?
    1. 解消したはずの属人化が、別の形で再発する
      1. 文章化・マニュアル化を「仕組み」にしないと、またブラックボックス化する
      2. 定着には「日常の繰り返し」が必要
  8. 定着させるための工夫 ― なぜ「組織文化」に落とし込むことが重要か?
    1. 一時的な“プロジェクト”ではなく、“日常の文化”にする
      1. 「誰でもできる」を合言葉にする
      2. 失敗しても責めない文化がIT定着を支える
      3. 外部のIT顧問や第三者の併走で“中立の視点”を入れる
  9. まとめ ― IT化は「人を大事にする仕組みづくり」である

「なぜ今までのやり方ではダメなのか?」を伝えることが第一歩

業務のIT化というと、どうしても「効率化」「ミス削減」「作業時間の短縮」といった言葉が先に出てくる。しかし、それを現場にそのまま伝えると、「今までのやり方は非効率だった」と言われているように感じてしまう人は少なくない。特に経理のように、ミスが許されず、細かい積み上げが求められる業務では、「自分なりのやり方」を確立し、それが誇りになっているケースが多い。

「私のやり方に問題があるの?」と感じる心理への理解

経理担当者が長年担ってきた業務には、目に見えない工夫やリスク回避の知見が詰まっている。外から見れば非効率に見えても、本人にとっては「安心して業務を回せる型」なのだ。そこに新しい仕組みを持ち込めば、「それって、今までの私は間違っていたということですか?」という疑念が生まれるのも当然である。つまり、変化に対する抵抗の背景には、「自分が否定される」という感情がある。

変革は「否定」ではなく「進化」であることを丁寧に言葉にする

この誤解を避けるには、「過去のやり方を変える」ことが否定ではなく、“より良い未来への進化”だと伝える必要がある。「ここまで会社を支えてくれたやり方があったから今がある。その上で、これからの10年を見据えて、新しい形にしていこう」といった言葉には、過去を肯定したうえで変化を受け入れる余地がある。ポイントは、「何かを変える」という表現ではなく、「これまでの積み上げを“誰でも使える形”にする」という姿勢で向き合うことだ。

目的は「効率化」ではなく「会社の安心・未来の安定」

仮に作業時間が短縮されたとしても、現場が不安定になったり、誰かが「置いていかれた」と感じるなら、それは“安心”を犠牲にした効率化でしかない。経理の属人化を解消する目的は、単に早く終わらせることではなく、誰がやっても止まらない仕組みをつくること。それによって、担当者が休めるようになり、組織全体が持続可能になる。そこに目を向けてこそ、IT化は「人の安心のための投資」になる。


指示の曖昧さが混乱を生み、属人化を助長する

ITツールの導入がうまくいかない理由の多くは、「使い方がわからない」ではなく、「何をどう進めればいいのかが共有されていない」ことにある。つまり、原因は“ITそのもの”ではなく、“それをどう伝えるか”にあるのだ。

指示は「約束」に近い形に落とし込む

たとえば、「今日中に処理しておいて」と言われた場合、受け手によって“今日中”の定義が違う可能性がある。「18時までに、処理したものをメールで送って」と具体化すれば、そこで初めて指示は“共有された認識”になる。抽象的な言葉は避け、「何を」「いつまでに」「どうやって」やればよいのかを明確に伝えることが不可欠だ。

【経費精算の指示例】
→「7月分の経費申請は、9月18日(月)18時までに申請フォームへ入力。金額ミスは訂正せず、コメント欄に理由を記入すること。確認は私が19日9時に行う。」

5W2H+指示7点セットが指示の“完成形”

属人化を防ぐためには、個人の勘や習慣に頼らない設計が必要だ。そこで有効なのが、5W2H(What/When/Who/Where/Why/How/How much)に加え、以下の指示7点セットである。

【目的/期待成果/期限/優先度/判断基準/相談ポイント/報告方法】

この7点を明示することで、「言われた通りにやったつもりだけど…」というすれ違いを未然に防げる。

【請求処理の具体例】
→「今月の請求書は、目的:月末締めの売上確定。成果物:A社・B社分のPDF請求書。期限:9月20日(水)18時まで。優先度:A社先。判断基準:先月と同じ品目。相談:不明点はSlackで。報告:完了後に#経理チャットへ送信。」

指示者の責任を前提とする

属人化の構造は、「任せてるのにうまくいかない」という文句からも見えてくる。だが、そもそも指示が不十分であれば、成果責任を現場に押しつけるのは筋違いだ。部下の仕事は“上司の代わりにやること”であり、結果の責任は指示者にあるという視点を持たなければ、信頼も納得も生まれない。

【クラウド会計初期設定の指示例】
→「初期設定は、私と一緒に進める形でOK。期限は今週金曜。わからないところはZoomで共有しながら一緒に確認。完成度は70%でもいいので、金曜16時時点での画面を見せてほしい。」


変化への反発の根っこには「自己否定された」と感じる心理がある

経理の仕事は「見えない苦労」が多い。だからこそ、長年担ってきた人にとっては、そのやり方が「自分のアイデンティティ」に近いものになっていることがある。

「自分しかできない」という感覚が支えになっている

属人化は問題だが、逆に言えばそれだけ「責任感を持って守ってきた」人がいるということでもある。その仕事が仕組み化され、誰でもできるようになった時、「じゃあ、私は必要ないのでは?」という不安が頭をよぎる。ここに寄り添わずに変化だけを押しつければ、形式的には進んでも、心は置いてけぼりになる。

変化は「仕組みを強くすること」であり「人を弱くすること」ではない

IT化によって、「人がいなくても回る」体制ができる。それは、人が不要になるのではなく、「人が安心して続けられる」体制でもある。「万が一休んでも大丈夫」「誰でも助け合えるようにしておく」…この考え方に立てば、変化は脅威ではなく、安心への布石となる。

小さな“任せる”から始めると心理的ハードルは下がる

いきなり丸投げせず、一部の設定や操作を任せて「自分でもできた」という感覚を得てもらうと、抵抗感は大きく和らぐ。ポイントは「完全にやらせる」のではなく、「一緒にやるけど主導してもらう」設計にすることだ。


曖昧な言葉は、指示ではなく“混乱の種”である

「とにかくやってみて」「前と同じように」「できなかったら困る」…これらの言葉は、表面的には“指示”のように見える。しかし実際には、そのどれもが曖昧であり、責任の所在も期待される行動も不明確だ。結果として、現場は動けなくなり、属人化が温存される。ここで必要なのは、技術的な言い換えではなく、“言葉が人に与える影響”を理解することである。

「とにかくやってみて」が投げかけるのは、“責任はそっち”という無意識のサイン

この一言の裏には、「まずは自分で考えて」「結果はあなたの責任で」という無言のプレッシャーが含まれている。受け手が経験豊富であれば、「お任せされた」と前向きに捉えることもあるかもしれないが、IT化のように新しいことに挑む場面では、判断基準がなくて動けないのが普通だ。
「とにかく」という言葉の不安定さは、指示ではなく“丸投げ”として受け取られやすい。これは単に業務を進めないだけでなく、「相談しづらさ」や「失敗したら責められるのでは」という恐れを生み、組織の“無言化”を招いてしまう。

「前と同じようにやって」が伝えるのは、“変化を受け入れたくない”という管理者の本音

この言葉は、言っている側にとっては安心かもしれない。いつも通り、いつものやり方、ミスも少ないだろう。しかし、これがIT化を進めようとしているプロジェクトの場で出てきたとしたら、それは「変える理由を理解していない」か「変化に不安を感じている」側のサインである。

また、受け取る側にとっては、「今までのやり方が正解だったんだから、新しい提案は要らない」という圧にもなる。つまりこの言葉には、改善の芽を摘む“無意識のブレーキ”としての側面がある。たとえ相手が「新しいやり方を試してみたい」と思っていても、これではそのモチベーションごと封じてしまう。

「できなかったら困る」が伝えるのは、“失敗は許されない”という心理的な壁

プレッシャーをかけるつもりがなくても、「これ、失敗したらまずいよね」という雰囲気が出ると、人は慎重になりすぎて動けなくなる。人は「完璧にできる自信がないこと」には手を出せないのだ。

この言葉の背後には、「重要だから失敗したくない」という気持ちがある。しかし、それをそのまま伝えると、「やるなら完璧に」というプレッシャーになってしまう。
結果として、「できる範囲でやってみよう」という発想は消え、「失敗するくらいなら手を出さない方がいい」という消極性が生まれる。


こうした曖昧な言葉がなぜ属人化を助長するのか? それは、指示というのは単なる業務伝達ではなく、“上司と部下の関係性の中で交わされるメッセージ”だからだ。

上司が自信なさげに曖昧な言葉を使えば、部下は「判断は自分でしろ。でもミスは許されない」と受け取り、結果としてリスクを避ける動きになる。これは、属人化を“温存”する心理的なメカニズムである。

一方で、明確な言葉で、背景や判断基準を共有しながら伝えることができれば、「それならやってみよう」となる。大切なのは、“指示の中に込められた意図や信頼”が、相手にどう伝わるかを考えることだ。


どれだけ良い意図があっても、それが相手に“どう受け取られるか”によって、意味が変わってしまう。だからこそ、「伝えたつもり」ではなく、「伝わったかどうか」を確認し続ける姿勢が求められる。

この視点を持つことで、指示は“業務命令”から、“信頼を育てる行為”へと変わっていく。属人化を解消したいなら、まずは言葉の解像度を高めることから始めるべきである。


解消したはずの属人化が、別の形で再発する

新しいツールを導入し、手順も文書化したはずなのに…いつの間にか「使えるのはあの人だけ」「設定は〇〇さんが詳しい」となっている。これが、“新しい属人化”だ。ツールを導入するだけでは仕組みにはならない。継続的な運用が必要になる。

文章化・マニュアル化を「仕組み」にしないと、またブラックボックス化する

例えば、クラウド会計の初期設定を行ったとして、その設定方法や操作手順が記録に残っていなければ、担当者が離れた瞬間に“わからない”が再発する。最低でも以下の3文書は必要だ。

  • 初期設定マニュアル
  • 入力ルール一覧
  • 問題が発生したときの問い合わせ先まとめ

この“3文書セット”があって、ようやく属人化の連鎖を止めることができる。

定着には「日常の繰り返し」が必要

いくら立派な仕組みを作っても、現場の会話に出てこないなら、それは“使われていない”ことと同じである。会議や朝礼の中で、システムの利用状況や改善点を1分でも共有するだけで、「活用している」という空気が生まれる。


一時的な“プロジェクト”ではなく、“日常の文化”にする

IT化はプロジェクトではない。人が入れ替わっても回る状態を目指すには、それが“習慣”として根づく必要がある。そのためには、最初から“属人化しない工夫”を設計に入れることが不可欠だ。

「誰でもできる」を合言葉にする

再現性のない仕組みは、ただの個人技術に過ぎない。クラウド経費精算の導入時も、「この設定は〇〇さんにしかできない」では意味がない。手順やルールを全員が把握し、「自分でもできそうだ」と思える水準にしておくことが肝となる。

失敗しても責めない文化がIT定着を支える

属人化が起きる背景には、「ミスしたら責められる」という恐れがある。失敗を“学びの一部”と捉えることで、チャレンジしやすい空気が生まれる。IT化の本質は、“人を守るための仕組み”だという共通認識が必要である。

外部のIT顧問や第三者の併走で“中立の視点”を入れる

IT化の定着には、現場と経営の間に立つ「中立の調整役」が重要な存在になる。外部のIT顧問であれば、専門的なサポートだけでなく、「第三者だからこそ言えること」で組織全体の納得を引き出せる。


経理業務の属人化は、単なる“やり方の問題”ではない。そこには、「守ってきた自負」や「見えない努力」「変化への不安」が詰まっている。その構造を無視してツールだけ導入しても、うまくはいかない。

IT化は、作業を奪うためのものではない。人が安心して働き続けられる状態を作るための“仕組み化”である。
指示の出し方を工夫することで、現場の迷いや反発を減らせる。心理的な壁を理解することで、協力は得られる。定着の工夫を重ねることで、組織は確実に変わっていく。

「仕組みで人を支える」…これが、経営としての“IT化の本質”である。

最後までお付き合いいただきありがとうございます。
また、お会いしましょ。