中小企業の経営者にとって「今は何も問題がない」という状況は、経営判断における安心材料であることは間違いない。売上が安定し、顧客からのクレームもなく、社内のシステムも一応動いている。こうした日常は一見、経営が順調に進んでいる証拠に見える。
しかし、この「安心感」こそが、企業の将来を静かに、しかし確実に蝕む最大のリスクになり得る。特に、古くなったITインフラや業務システムを「まだ使えるから」「今のままで十分だから」と使い続ける判断は、短期的にはコストを抑えるが、中長期的には企業の競争力低下や人材流出、そして事業継続性の崩壊を招く危険性が極めて高い。本稿では、情報漏洩やサイバー攻撃といった典型的なセキュリティ脅威とは異なる、経営・マネジメントの視点から見た“古いITインフラ”のリスクを掘り下げ、経営者が今すぐに意識を変えるべき理由を具体的に解説する。
古いITインフラを「今は問題ない」で放置する経営リスク
古いITシステムやインフラを放置する最大の問題は、「現状では業務に支障がなくても、社会や市場の変化に追従できなくなる」ことにある。多くの中小企業では、20〜30年前に導入されたクライアントサーバ型の受発注管理、会計システム、人事労務システムが、細かな改修やパッチを繰り返しながら現役稼働している。

経営陣は「今も動いているし、受発注から経理まで回っているから問題ない」と判断しがちだが、その間にUIは時代遅れになり、セキュリティ要件は未対応、改修コストは年々高騰、そして対応できる技術者は市場から消えていく。この「現状維持の安心感」が、実は競争力を削ぐサイレントキラーである。
属人化とメンテ不能状態の深刻さ
古いシステムは、当時の開発者やベンダー担当者の知識に大きく依存している。彼らが退職・異動・廃業してしまえば、社内外にその仕様を理解できる人材がいなくなる。こうなると、軽微な法改正対応や帳票レイアウトの変更ですら、多大な時間と費用を要し、しかもバグや不整合が発生しやすくなる。

現場では「この機能は触ると壊れるから放置」「修正すると他が動かなくなる」といった“暗黙の禁則事項”が増え、業務効率はさらに低下する。これは単なる手間の問題ではなく、事業継続計画(BCP)やコンプライアンス対応を根本から脅かす構造的問題だ。
時代の変化に取り残される構造的問題
現在のビジネス環境は、クラウドサービス、ローコード/ノーコード開発、AIによる業務支援など、業務効率化と競争力強化のための選択肢が豊富にある。しかし、古いインフラに縛られている企業は、こうした新技術をスムーズに導入できない。
クライアントサーバ型のアプリケーションは外部とのAPI連携が難しく、モバイルからの安全なアクセスも制限されがちだ。これは、スマホが当たり前の時代に黒電話で業務を行うようなものであり、市場のスピードや顧客ニーズに対応できず、結果として取引先や顧客からの信頼を失いかねない。

経営者の判断感覚そのものが最大の脅威
「今は問題ない」「特に困っていない」といった経営判断は、古いITインフラ問題を先送りする最大の要因だ。この感覚は、日々の業務を支える基盤の老朽化がじわじわ進行している現実から目を背ける心理的防御とも言える。
現役経営陣が引退する頃には、その負の遺産を引き継ぐ後継者が莫大な刷新費用、長期の移行期間、そして人材確保の困難さに直面することになる。この時点で手を打とうとしても、多くの場合は“手遅れ”である。
若手人材流出と企業文化の硬直化
古いやり方や旧式システムは、優秀な人材ほど避ける傾向がある。今の若手世代は、学生時代からクラウドツールやスマホアプリを当たり前に使いこなし、効率的なツール環境で成果を上げることに慣れている。
そうした人材にとって、業務の多くを手作業や古いUIに縛られる環境は“前時代的”であり、成長意欲を削ぐ原因となる。結果として、せっかく採用した若手が早期離職し、人材不足と生産性低下の悪循環に陥る。
生産性と働き方改革の本質
働き方改革は、単に労働時間を短くすることではない。重要なのは時間あたりの成果量と質を向上させることだ。古いシステム環境では、同じ業務をこなすための手間が増え、結果的に短時間勤務と成果向上を両立できない。ITインフラを刷新すれば、単純作業を自動化し、社員は付加価値の高い業務に集中できる。これにより、労働時間削減と成果向上の両立が初めて可能になる。
投資の優先順位を見直す
中小企業では予算配分がシビアだ。短期的な利益確保のためにIT刷新を後回しにする判断は理解できる。しかし、それが5年後、10年後に膨大な刷新費用や機会損失をもたらすことを考えれば、投資の優先順位は見直すべきだ。特にバックアップ体制やクラウド移行、外部アドバイザーの活用など、比較的低コストで始められる施策は、早期に着手するほど効果が大きい。
まとめ —「問題ない」は最大の問題—
経営者が「今は問題ない」と判断している間にも、外部環境は変化し続け、技術は進化し、競争相手は前進している。古いITインフラの放置は、情報セキュリティリスクだけでなく、事業継続性、人材確保、企業文化に至るまで広範な悪影響を及ぼす。
最大のリスクは、技術的な脆弱性そのものではなく、それを放置する経営判断である。今こそ「問題がないから動かない」という発想を捨て、将来に備えた計画的なIT投資と体制整備に踏み出すべき時だ。判断の先送りは、投資額よりも常に高くつく。行動するなら「いつか」ではなく「今」である。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
また、お会いしましょ。