SNSは、もはや社員の日常生活に密着した情報発信手段となっている。しかし、その“日常”が企業にとっては致命的なリスクを孕む場合がある。懇親会での何気ない写真、取引先との交流の一コマ、社内での雑談を切り取った投稿…
これらが悪意なく発信されたとしても、企業や取引先の信用を損なう火種となり得るのだ。本稿では、法的な制約や倫理的な問題だけでなく、経営者が見落としがちな「無自覚リスク」の構造と、社内ルールだけに頼らない実効性のある防衛策を提示する。
無自覚なSNS発信が招く信用崩壊のメカニズム
SNSトラブルは「炎上」だけがリスクではない。もっと静かに、気づかないうちに信用を損なうパターンが存在する。

許可を得た写真でも危険は潜む
取引先や関係者から許可を得た写真であっても、その中に「未公開情報」や「写ってはいけない人物・資料」が含まれている場合がある。
本人の認識では問題がない投稿でも、受け手側や第三者の解釈によっては情報漏洩に該当する可能性がある。特にBtoB取引では、情報管理体制の甘さを疑われ、取引条件の見直しや契約解除に発展することもある。
社名が出ていなくても“特定”される危うさ
匿名性に依存した投稿は「安全」と誤解されがちだ。しかし、過去の投稿履歴やプロフィール写真、フォロワーとのやり取りから、投稿者と企業の関係が特定されることは珍しくない。こうして外部に特定された途端、個人的な意見が“企業の姿勢”として解釈されるリスクが生まれる。

「愚痴」と「誹謗中傷」の境界線は曖昧
発信者にとっては単なる感情の吐露でも、受け手や法的解釈では誹謗中傷にあたる場合がある。さらに、SNSは一度拡散されれば投稿削除では完全に回収できないため、短時間で取り返しのつかないダメージを与えかねない。
法的にはどうなる?企業と社員の責任の分かれ目
経営者として理解すべきは、社員個人の行動であっても、企業が一定の責任を負う場合があるという現実である。
使用者責任と求償の限界
民法第715条に基づく「使用者責任」により、社員の行為によって第三者に損害が生じた場合、企業が賠償責任を負う可能性がある。その後、加害社員に対して求償(損害の一部を請求)することはできるが、労働契約の性質や判例傾向から、全額請求はほぼ認められない。実務的には企業側が大半の負担を負うことになる。

解雇や懲戒は「最後の手段」
SNSでの不適切な発信が業務に重大な悪影響を与えた場合、懲戒や解雇は可能だが、その判断は慎重を要する。就業規則や社内規程に「SNS利用に関する禁止事項」や「懲戒事由」を明記しておかないと、処分の正当性が認められない可能性が高い。
「事前監視」は原則不可能
憲法第13条や労働契約法により、社員の私生活や思想信条に過度に介入することは認められない。つまり、個人SNSの事前チェックや強制削除は原則としてできず、あくまで事後対応が中心になる。この“予防しにくい構造”こそが経営リスクを高めている。
ルールだけでは防げない、経営者のための現実的対策
SNSリスクは単なる情報セキュリティ問題ではなく、経営マネジメントの一環として扱うべき課題だ。
1. ガイドラインは「行動指針」として運用する
社内規程にSNS利用ルールを明文化するだけでは不十分だ。重要なのは、社員が日常的に判断できるレベルまで具体化すること。「懇親会での写真は投稿前に責任者に確認」「業務関連の出来事は原則非公開」など、状況別の判断基準を設けると実効性が高まる。
2. 事例共有で“他人事”をなくす
自社・他社問わず、実際のSNSトラブル事例を匿名化して共有する。炎上や契約破棄など、経営に直結する影響を可視化することで、社員の危機感を醸成できる。単なる禁止事項の列挙よりも、納得感と遵守率が高まる。

3. 専門家を巻き込んだ運用体制
社内リソースだけでSNSリスクに対応するのは現実的ではない。法務・IT・広報の知見を持つ専門家やIT顧問と顧問契約を結び、問題発生時の初動対応やガイドラインの定期見直しを行うことが、安定的なリスク管理につながる。
まとめ:SNSは“自由”ではなく“企業資産”に影響する要素
中小企業にとって、SNSは社員個人の私的領域であると同時に、企業のブランドや信用に直結する「外部発信媒体」でもある。放任と過干渉の間で揺れるのではなく、具体的な行動指針と教育体制を整え、リスク発生時に迅速かつ適切に対応できる運用体制を築くことが不可欠だ。
SNSを単なる個人ツールとして軽視するのではなく、経営資産の一部として捉える視点こそが、これからの中小企業経営者に求められる。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
また、お会いしましょ。